いざ洞穴へ2
就寝までのひととき、俺は自室で干渉者協会から借りた本を数冊読みふける。
洞穴の竜に関する何らかの記述が載っていそうな本をチョイスしたはずだったが、なかなか該当する情報に辿り着かない。竜の生態、種類や能力について書かれた本には≪暗い場所を好んでねぐらにする竜も居る≫とだけ。竜のいる暮らしという本には、野生の竜を能力者でなくても手懐ける方法は載っていたが、それ以上の情報はなかった。
特別な竜なのだろうなと本を閉じ、眠りに就こうかとベッドへ足を向けると、ふと頭の中に久しぶりの声が響いた。
『本当に洞穴へ向かうのか』
テラだった。
俺の身体の中で存在は感じていたけれども、声を出してくるのは久々だ。俺が一方的にテラを拒んでいたのもその一因なのだが。
「ああ。夜が明けたら出発する。竜石が欲しいからな」
今の俺は俺であって俺じゃない。竜のテラと身体を共有している。
俺が何をしようとしているかなんてわかりきっているはずなのに、テラはわざと俺に尋ねた。
『竜石で本当にかの竜を封じ込められると思っているのか』
「さぁね。先代がそうしたというんだから、俺もそうするべきだと思ったまで。やってみなければ何もわからない」
『竜石だけではかの竜は倒せない』
「わかってる。魔法をかける。それこそ命を懸けて」
『ディアナは自暴自棄になるなと』
「別の方法があるなら教えてくれ。俺だって死にたくはない」
『何か知っているなら、もうとっくに話している。君の死の恐怖など取るに足らないほど、かの竜の力は強大で凶悪だ。……それより、洞穴へ行くのなら、私はまた、なりを潜めるぞ。力は貸すが、余計なことは一切喋らん』
「なんだよ。ちょっと前までそこで卵になって眠ってたんじゃないのかよ」
『だからこそ、行きたくないと言っているのだ。いいか。“グレイ”には気をつけろ。世界で二番目に凶悪な竜だ。ドレグ・ルゴラの次にな。私はグレイに散々巻き込まれたのだ。今だってこうして――。もう、これ以上は言わん。とにかく気をつけろ。貰うモノを貰ったらさっさと戻れ。そうしないと、更に面倒なことに巻き込まれるぞ』
「どういう意味だよ。オイ。テラ」
声が聞こえなくなった。
何だアイツ。
妙にソワソワしやがって。
それにしても、『世界で二番目に凶悪』ってどういう……?
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夜が明けるよりも少し前に眠りから覚めた俺は、既に準備を終えていたモニカ、ノエルと共に軽めの食事を取り、洞穴へと向かった。
移動は相変わらず魔法陣で。こういうところは実に便利だ。
洞穴は北の外れ、森の奥深くにある。
極という概念のないレグルノーラにどうして東西南北が存在するのか俺は疑問でならなかったが、やはりリアレイト、つまり“表”世界で使われているその方向感覚が便利で踏襲しているらしいことを、協会の本で知る。塔の入り口の向きを南として東西南北を配置すると、北側には洞穴、東西方向に田園地帯、南方向には林業の盛んな地があり、それらをグルッと囲むようにして森が存在しているのだ。
レグルノーラは平らな世界。延々と続く砂漠の果てに何があるのか誰も知らないからか、天文や地理に関してはリアレイトに劣る。ガリレオ・ガリレイが聞いたら鼻で笑うだろうに、天体は常に分厚い雲に遮られていて一切見えず、地平線の果てすらぼんやりと霞み全てを包み隠している。
水はどこから流れ出て、資源はどこから湧いているのか。イメージでどうにでもなる世界という曖昧さが全てを誤魔化しているようで、俺はこの世界のことを知れば知るほど胸がもやもやした。
それでも俺の身体はすっかりと“表”から消え、レグルノーラに来てしまっている。これがどれほどに恐ろしく、どれほどに不可解なことか。きっと誰に言っても理解されることはないのだろう。
洞穴の入り口は森の木々と大きな岩によって隠されていた。こんもりと盛り上がった地面の下に大きな口が開いて、中からは冷ややかな風が吹きだしていた。うっそうと茂った背の低い木々や蔦が入り口に垂れ下がり、そこが大切な竜の卵と石を守っている洞穴だと知らなければ、うっかり見落としてしまいそうだった。
夜行性の鳥や虫の鳴き声がこだまする。常に何かに見張られているような気がして周囲を見まわすが、これといって気配もない。
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