悲しき運命3

 フンッと俺は思わず鼻で笑う。


「額に石を埋め込んだ上、どうにもできない状況まで追い込んでおいて、よくも」


「石は、役目を果たせば砕ける」


 ディアナの鼻がほんのり赤い。


「もし全てが終わったら、お前の額の石など消えてなくなってしまうはずだ。気に病むことはない」


「そういう問題じゃ」


「――さっき、お前は私に言ったね。『最初から決まっていた』と」


 話をはぐらかすディアナに、俺はムッとした。


「言った」


 ひと言だけ返すと、彼女は思い当たる節でもあるのか、虚空を眺めてはブツブツと何かを呟いた。


「洞穴の奥にいる竜なら、答えてくれるかもしれない」


「何を」


「要するに、『最初から決まっていた』のかどうか。私は偶然だと思った。しかし、本当は違うかもしれない。とすると、真実を知っているのはあの竜だけ。竜石を探しながらあの竜まで辿り着けば、もしかしたら教えてくれるかもしれない」


 突拍子もない答えに唖然としていると、ディアナはいつもの調子で俺を見てにたりと笑った。


「竜の卵の番をしている竜が、『次はこれを持っていきなさい』と私に一つの卵くれたのだ。それが、あの卵。私はそれをお前に託しただけ。あの卵を選んだのには、何かしらの意味があるはずだ。私には教えてくれなかったが、お前には……どうだろうか。言ってみないことにはわからないが――っと、マズい。向こうに戻らねば」


 ディアナは何かを感じ、腕で涙を拭い取った。


「いまの話は秘密だぞ? ここに来たことも誰にも言うな。また私がここを訪れていると知れれば、今度はこの場所さえ失ってしまうからね」


 何がどうしたって?

 聞き返す前に、パチンとディアナの指が鳴った。





■━■━■━■━■━■━■━■





 ソファの感触が戻って来たのとほぼ同時に、ドアをノックする音が響いた。

 ガチャリとドアが開き、モニカがノエルと共に少しの資料を手に持って帰ってきた。


「お待たせしました。こちらはどうにか手配できそうです。急いでいただけに、予定より荷台の小さな車になってしまいましたが」


 モニカは膝を付き、俺とディアナの間に置かれたローテーブルに一枚ずつ資料を広げてくれた。そこには、洞穴までの地図も添えてあった。


「少し前に洞穴に向かった能力者たちにも協力してもらえることになりましたから、ご心配なく。出発は明日の朝。支度は今日のうちに済ませます。携帯食などはこちらで揃えるのが難しいため、塔の非常食を流用させていただくことになりました。洞穴内の地図も彼らが持っているようですので、持参するようにお願いをしてあります」


 短い間だったというのに、どうにかしてモニカたちは話を付けてきてくれた。流石と言うべきか、本当に彼女は素晴らしいサポート役だ。


「なるほどねぇ。いいのではないか。洞穴に潜れば、数日間戻っては来られないだろうし。私も洞穴には何度も潜ったが、竜石の方は全く見たことがないのでね。埋蔵量など見当も付かぬからな。十分な準備をしておくのが無難だろう」


 広げられた紙を眺めながら、ディアナはうんうんとうなずいた。

 そこに、あの哀しげな女性の顔はなかった。

 いつもの真っ赤なドレス。艶やかな唇。キリッとした目。

 俺が見た廃墟の女は、本当にディアナだったのだろうか。


「石を採ることに竜は反対するだろうが、根気よく話してやればきっと通じるはず。根は良い竜なのだ。……お前の竜と同じでな」


 チラリと、ディアナは俺を見た。

 根は良い。わかってる。そうでなければ。


「そうでなければ、お前の中でじっと息を潜めていられるわけがない。お前がその竜のあるじとなり、身体に受け入れたことにはきっと意味があるはず。もう少し、信じてやってもいいのではないか? その竜はお前のことを、お前が思う以上に大切に思っているのだから」


 テラは何も言わない。

 俺が死を覚悟して以降、じっとなりを潜めている。

 ディアナの話を聞いたときも、テラは姿を現さなかった。

 それは、テラなりの俺に対する優しさなのかもしれなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る