【22】虚無の先に
96.召喚
召喚1
俺の視線が古書の黒塗り部分から離れないのを、マシュー翁はいたく心配しているようだった。
本当は一瞬で読み終えたのを、俺は何度も反芻した。≪完全なる竜人≫≪自らの命をもって≫というその記述の中に隠された意味をどうにか読み取ろうとしていたのだ。
背中の方で見守ってくれているモニカとノエルにも、どうやら俺の動揺が伝わっているらしく、彼らの緊張感が益々俺を追い詰めた。
「……なんと、書いてあったのじゃ」
しびれを切らしてマシュー翁が尋ねてきた。
俺はハッとして顔を上げたが、きっとかなり青ざめていたのだろう。俺の顔を見た途端、マシュー翁の顔が曇った。
「おおむね、予想通りのことが」
そう答えると、マシュー翁はまぶたにかかった長い眉をピクリと動かした。
「そうか……。やはりの。都合の悪いことは表沙汰にできなかったからこそ、塗りつぶされたということなのじゃろう。救世主殿にとっては辛い文章であったろう」
「いえ。大丈夫です」
気丈に振る舞っては見せたが、笑顔を作ることもできない程度には身体が震えていた。
「ところでマシュー翁は、ディアナが何故俺を選んだのか理由を知ってはいるのですか」
震える拳を握りしめ、一つ、どうしても引っかかっていることを思い切って尋ねた。
マシュー翁は長いあごひげを撫でながら、そうじゃのと思案し、俺から視線を逸らした。
「塔の魔女の考えは儂らにはわからんよ。ただ、彼女もお主と同じようにこの世界に束縛されている一人じゃからの。お主が選び出されたのは偶然ではないじゃろう。見えないところに見えない力が働き、偶然を装って運命が形作られていくというのはよくあること。直接本人に問いただすのが筋じゃろうな。果たして本人が真実を語るかどうかは別として、じゃがの」
ふぅと長いため息を吐くマシュー翁を見ていると、塔と干渉者協会の間にも見えない
「あの」
と俺は思いきって切り出した。
「しばらくの間、ここに通って調べ事をさせていただいてもよろしいですか」
「調べ事?」
「俺はあまりにもこの世界のことを知らなさすぎて。ここなら本もいっぱいあるし、今後役に立ちそうな情報も手に入れられるんじゃないかと思って」
「それなら」
と後ろでモニカが声を上げる。
「電子媒体でも確認できると思いますよ。端末を持ち帰れば、館でも自由に読めますが」
気を使ってくれたのには感謝したい。けど、残念ながら俺は“向こう”でも電子書籍は苦手だった。
「手で本をめくった方が頭に入る。この膨大な本の中から必要な情報を手に入れるのは簡単ではないと思うんだ。マシュー翁さえよろしければ、通わせてもらっても?」
「それは構わんが……。調べ物に没頭して魔物や悪魔を放置するのは感心せんぞ。そこはどう穴埋めするつもりじゃ」
救世主は一般人や市民部隊をこれ以上巻き込まないようにするための
「“召喚”……ってのはどうかな」
今度はノエルが声を上げた。
「魔物が出たらコイツを“召喚”するよう、部隊や塔の能力者に通達でも流したら。本来は竜や召喚獣を招きだして味方として戦わせる魔法だけど、どうせコイツの身体には竜が入り込んでるんだし、半分竜みたいなもんなんだろ? だったら、その方法で現場に呼び出せるんじゃないか?」
「救世主殿を召喚獣扱いするとはなんと罰当たりな……!」
流石のマシュー翁も声を荒げた。
しかし俺は、その目から鱗のアイディアに嫌悪感は覚えなかった。
「それでも構わない。エマージェンシーコールだと思えばいいわけだし。それがダメなら、モニカとノエルを通じて呼び出してくれてもいい。敵と戦うのを拒むわけじゃない。俺は恐らく残り少ないだろう時間を、どうにか有効に使いたいだけだ」
そう、時間などないのだ。
いつ、かの竜が砂漠から都市に現れ猛威を振るうかわからない。それでなくとも以前より強い魔物があちこちに出没している。
それに、黒塗りの文章にもあったあの記述も気になる。
俺も≪やがて完全なる竜人となって≫しまうのだとしたら、しかも、もしかして遠くはない未来に向けて、既にカウントダウンが始まっているのだとしたら、急ぐに越したことはない。
一連のやりとりにマシュー翁は苦い顔をした。到底納得はできないと、全身で訴えている。
「……かといって、誰にでも簡単に呼び出せるようにと言うのは気が引ける。部隊に派遣している能力者にまず、このことを伝えよう。召喚に応じるか否かは、その時々で救世主殿自身が判断なされよ。そこまでして知りたいものがあるのじゃろう。止めはせん。この部屋には儂の許可などなくても好きに出入りするといい。ドリスにも良く言い聞かせておく。無理だけはなさらないでおくれよ。大事な……身体なんじゃからの」
「ご理解、ありがとうございます」
俺は深々とマシュー翁に頭を下げた。
■━■━■━■━■━■━■━■
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます