最強の戦士3
こんなことをされても一向に嬉しくないのだが、悔しいかな、自分の身体がコントロールできないため、気持ちを伝えることもできない。
「ミノタウロスはアレで全部か? 倒し損ねたものは?」と俺。
「大丈夫。全て、倒された。君のお陰だ、リョウ。強すぎて苦戦していたところに颯爽と現れるなんて、流石としか言いようがない。ミオたちもさっきまで一緒に戦ってくれてたんだけど、仲間がやられたとかで……。もしかしたら、まだ近くに居るかもしれない」
仲間? 仲間って誰だ。
聞きたい。聞きたいのに、全然喋ってくれない。
テラ!
「情報、痛み入る」
一応礼はしてくれたようだが、そうじゃなくて。
俺が聞きたいのは、誰がやられたかってことで。
こんなに俺が心配しているのに、俺の顔は表情を変える気配がない。
テラのヤツ、聞こえてて聞こえないフリをしているに違いない。何の不都合があるのか知らないが、仲間の安否に表情を曇らせるくらいのことして欲しいってのに。これじゃまるで、俺が冷血漢みたいに見えるじゃないか。
「用は済んだ。帰るぞ」
またもテラは俺の声でそんなことを言う。
元々、俺が無茶したときくらいしか感情的にはならない竜だが、それにしたってなんて冷たい。ノエルもモニカも戸惑っているじゃないか。
きびすを返し、元の道へ戻ろうとしたところで、
「待ってください!」
と誰かが声をかけた。振り向くと、人垣の向こう側で誰かが手を振っているのが見える。
「開けて、開けてください。ちょっと、ちょっと用が」
見知らぬ女性が駆け寄ってくる。誰だ。市民部隊のメンバーのようだが、全く見覚えがない。
「あの、待ってください。救世主様にご挨拶したいって方が」
息も切れ切れに、彼女は言った。そんなに急ぐ必要もないだろうにと思ったが、人垣の向こう側に目を向けた瞬間、考えが変わった。
美桜。
血だらけの美桜が、そこにいた。
いつもの市民服が、ところどころ血で汚れていた。髪の毛も乱れていて、くたびれたような顔をして。
崩れたビルを背景に、そこに儚く咲いた一輪の花のようにたたずんでいる。
「凌……よね?」
久々に聞いた、美桜の声。
うなずきたい。うなずきたいのに、うなずけない。
その後方には、須川。
そして、ジークに肩を貸され、なんとか立っているのは……、帆船の
シバの白いシャツが、血だらけだ。足元には血だまりができている。つまり、やられたのは。
モニカが青ざめた顔をして、シバに駆け寄った。
「治癒魔法を」
肩の辺りをバッサリやられてしまっている。ミノタウロスの斧にやられたのか。力尽きたように項垂れるシバを、ジークが必死になって支えている。
モニカの治癒魔法の光がシバを包むが、かなりの重症、簡単に治るとは考えにくい。俺では力不足かもしれないが、助けてやれるなら助けてやりたい。だのに。全然身体が言うことを聞かないなんて。
「どこに、行ってたの」
怒りに満ちた美桜の声は、人々のざわめきを遮って、良く響いた。
「私に何の断りもなしに、どこに行ってたのよ、凌」
両拳を握り、肩を震わせ、涙を浮かべる美桜。
「大変なことになるって言ったのに、勝手な判断でカッコつけて。竜と同化するなんてどうかしてる。そのままレグルノーラに飛ぶなんて、イカレてるとしか言いようがなかった。どれだけ……、探したと思ってるの。何を考えているの。あなたのご両親に、私たちはどうやって説明すれば良かったのよ」
涙が美桜の頬を伝った。
胸が、苦しい。
そんな、そんな目で俺を見ないで。
「何もかもが滅茶苦茶だわ。私たち以外の記憶から、どうしてあなたという存在が消えてしまったのか。ねぇ、あなたは本当に存在していたのよね? ――“来澄凌”。私はあのとき、本当にあなたを“見つけた”のよね?」
何を。
何を言い出す。
俺の存在が……消えた?
冗談だろ、テラ。
こんなに激しく胸が痛むのに、どうして俺の顔は無表情のままなんだ。どうして直ぐに身体を返してくれない?
「この世界を滅ぼそうとするかの邪悪な竜と戦うためには、この身体がどうしても必要だった」
テラは俺の身体で長く息を吐き、顔色一つ変えずに言った。
「そして、“表”のしがらみを全て消去する必要があった。“来澄凌”という存在を“表”から抹消し、最後の戦いのために全てを注ぎ込むためだ。だが誤算は生じた。それは、君の存在だ、――美桜」
俺は目を細め、美桜を睨み付けている。
ダメだ、そんな目で美桜を見るなんて。
「やはり君の周囲だけは、どうすることもできなかった。忘れてしまっても良かったのだ。そうすれば、……これ以上、悲しまずに済んだものを」
俺の右手が、スッと挙がった。
美桜と俺の真ん中に、赤黒い魔法陣が出現していた。
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