地下牢の孤独3

 飯を更に一回挟み腹も落ち着いた頃、ようやくカツンカツンとヒールの音が地下牢に響いた。待ちに待ったディアナの足音だ。

 彼女はいつも高いヒールの靴を好んで履く。元々スレンダーな足が更に長く見えて目のやり場に困りそうなものだが、大抵は裾の長いドレスに隠れて殆ど見えない。スリットの部分から偶に覗く足は、胸の谷間を誇張した赤いドレスと相まって、塔の魔女の妖艶さを引き立てるのだ。

 ヒールの他に、やはり何人かの革靴の足音。ランタンの明かりが近づいてくると、地下牢がほんのり明るくなった。

 牢屋の真ん中に胡座を掻いて、俺はディアナを待った。

 部下らしき四人の男を従え、ディアナは揚々と現れた。気に入りの赤いドレスと黒い髪、黒い肌がランタンの白い明かりに照らされ、艶っぽく光って見える。


「待たせたね」


 言って彼女はニコッと笑う。


「待ちくたびれた」


 それこそ、人間だったことさえ忘れてしまうほど長い時間が経過したような錯覚に陥っていた。


「待った分、良い知らせがある。私たちレグルノーラの住人にとっても願ってもみないくらいの朗報だ。それを調べるために長く時間がかかってしまったことは謝りたい」


 鉄格子の向こうで、ディアナはえらく勿体ぶった。

 こういう前置きのあと、期待したほどの言葉が返ってこないというのが常だ。果たして、今回はどうか。

 俺は胡座のまま腕組みして、首を何度か回し、凝りをほぐした。


「そんな前置きより、さっさと答えが欲しい。要するに、テラを引き剥がす方法が見つかったかどうか。牢屋の中で何度も試したけど、やっぱり何の進展もない。テラとは同化したままだし、声も聞こえない。お手上げなんだ」


「まぁ、そう急くな」


 ディアナは男の一人から分厚い本を受け取り、膝を折って鉄格子の直ぐ真ん前の床に置き、栞を挟んだページを開いて見せた。別の男がランタンをかざすと、そこにはレグルの文字がびっしりと並んでいる。挿絵もあった。金色の竜と男の絵。それから、魔法陣の絵もある。


「遙か昔、竜と同化して戦う干渉者が存在していたらしいという話は、確かに聞いたことがあった。小型の竜が人化した半竜人とはまた違う、人間と竜の融合体の様な姿をしていて、魔力も戦闘力もずば抜けていたのだそうだ。また、その干渉者は同化したまま二つの世界を自由に行き来する力を持っていたという。実際、記録として残っているのは、かの竜が何度目かの破壊を尽くした三百年ほど前。“表”から召喚された干渉者の一人が竜と同化する方法で、かの竜を撃退したという記述がある。その後つい最近まで、かの竜は大人しくなりを潜めた。一説では、あまりの痛手に回復に時間を要してしまったのだということ。我々は、この話の一部をずっと伝説として語り継いできた。“異界からの干渉者が世界を救う”というのはすなわち、“表”の干渉者がかの竜を撃退するという意味。“悪魔”と呼ばれる存在も、結局はかの竜の力が膨れあがり、それにつられてマイナスの感情が形となって現れているのだから、そのように断言してさし支えない。この“異界の干渉者”に当てはまる人物が誰なのか、我々は長らく探し続けてきた。様々な力を持った干渉者が現れては消えていったが、あくまで一般的な干渉をするにとどまっていた。事態が一変したのは、二十年ほど前。ある一人の少女が干渉者としてこの世界へ現れるようになってからだ」


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