79.疑惑
疑惑1
階段の途中で空気の層がくっきりと分かれていた。冷房の付いていない二階へ近づくと、重々しい空気の塊にぶち当たった。かといって階段の途中なんて半端なところで話なんかできるわけがない。暑苦しいの承知で俺と陣は二階に上がり、未使用の会議室の一つへ駆け込んだ。
室温40度超えを思わせる異常な熱気が充満した室内で、俺と陣はようやく落ち着いて顔を見合わせた。サウナに入ったみたいに毛穴という毛穴から汗が噴き出して、Tシャツもパンツの中もびしょ濡れだった。
「おい、なんだあの話の流れ」
陣の責任じゃないと分かっていつつ、そんな言葉が突いて出た。
「僕に聞くな。しかし……、参ったな。ここでかの竜の話題が出るとは思わなかった。あの流れじゃ、ここで触れるべきじゃないところまで話が及びそうだ。どうにかして話題を逸らさないと面倒なことになる」
陣は苦々しく下唇を噛んだ。
テーブルも椅子も会議室の隅に重ねられてがらんとした室内に、陣の声は良く響いた。内緒話をするにはあまり良い環境じゃない。
「“向こう”で喋らないか」
声のトーンを落とし、小さく言うと、
「ああ」
意図を汲んだらしく、陣も小さくうなずく。
「どこにする?」
「どこでもいいけど、できるだけ誰にも話を聞かれないようなところ」
「“ウチ”……いや、ダメだ。凌はどこか思い当たる?」
「そう、だな。思い切って
「任せる」
陣が俺の手首を掴む。連れてけってことらしい。
うなずき、それから目を閉じる。
□■□■□■□■□■□■□■□
疎らな木々、砂地に草。振り返れば広大な砂漠。
まともな人間なら絶対に来ることのないだろう森と砂漠の間。
ここならば多少声を荒げても大丈夫だろう。
――と、陣が居ない。連れてけって言ったクセに、俺一人か。
どうなってるんだと首を傾げていると、ふと手首に感触が戻った。ジークだ。
「忘れてると思うけど、僕の本体は“こっち”だからね。一旦自分の身体に意識を戻してから君の力を辿ってきたんだ。これには案外高度な魔法を要して……って、え?! 何ここ、砂漠?」
口上垂れつつ目を開けて唖然としたらしい。ジークは俺の手首から手を離すと、そのまま両手を挙げ、酷く驚いていた。
「大げさだなジーク。ここはまだ森だから。戻れるって」
時空嵐に遭わなければなと頭の中で言葉を続ける。
「こんなところ、来ようと思ったって来たくないってのに。君は何を考えてるんだ」
「悪いな。絶対に誰にも話を聞かれないような場所って考えたら、ここしか思い浮かばなくて。それはさておき、どうするんだよ。あの話の流れじゃ、美桜はかの竜に興味を持って探し始めるぞ。そうしたら、きっと自分の秘密も全部知ってしまう。それだけは阻止しなくちゃならない。名案はあるか」
「あったらあの場で喋ってたよ」
ジークは曇り空を見上げて、長く息を吐いた。
砂漠からの風は温い。けど、さっきの蒸し風呂状態な会議室に比べるとずっとマシだ。肌に張り付くような湿り気のある空気すら、心地よく感じてしまう。
「だよな」
と俺もひと言呟いて、足元の短い草を蹴飛ばしながら頭を掻きむしった。
「話を聞いていると、美桜はやっぱり自分の素性についてはハッキリとした情報を持っていないように見えた。となれば、できるだけ余計な情報を与えずに過ごしたいところだろ。あの古賀の指摘だってあながち間違っちゃいないし、だんだん隠し通せる状況じゃなくなってきてるってことなんだろうけどさ」
「古賀先生の指摘?」
「『かの竜が現れたことと、“あっち”でも“力”が使えるようになっていることと、何か関係があるんじゃないのか』ってヤツ。この間の美桜の部屋のことだって、結局はそれが原因なんだよ。かの竜の動きが活発化したことで、色々手が終えない事態が発生してるってこと」
「ん? つまりどういうこと? もっとハッキリ言ってくれないか」
「あ~、もう。ジークの分からず屋。わかったよ、もっとハッキリ言うよ。つまりね、かの竜の力は確実に、その血を引く美桜にも影響を与えてるってことだろ。どういうメカニズムかはわからないけど、かの竜が出没するようになってから、急にいろんなことが起きた。いや、正確には出没するようになった直前から、いろんなことが起きてる。例えば、二次干渉者。美桜の力が強いからって、普通に考えてそうそうポンポン現れるもんじゃない。美桜が入学した頃から、つまりは一年と少し前くらいから、状況は変わっていたんだよ。美桜は多いときは日に何度も教室から“こっち”に飛んでた。只でさえ強い力でバンバン飛んだせいで、それが“ゲート”になり、巻き込まれるようにして二次干渉者が生まれた。多分あの学校にある“ゲート”の殆どは美桜が原因なんだろ。大きくなった“ゲート”は“力”を使いやすくした。だからやたらと“黒い影”や“変なもや”が見える。美桜は“臭い”で感じてるみたいだったけどな。“引き寄せてる”って言い方が正しいかどうか。多分そういうことなんじゃないかと思うんだけどどうだろう。ここ最近、特にそれが顕著になってきた、だから須川があんな大蛇を出した」
「――それだけじゃない。多分美桜の周囲には“力”を使いやすくするフィールドがある」
ジークは俺の言葉を遮り、力強く言った。
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