白い竜と言い伝え2

「芳野さんが八つのとき成人……? どゆこと?」


「あ――――っ! 聞き間違い、聞き間違いだよ、怜依奈!」


 ガタッと陣が立ち上がり、必死に両手をこちらに向けて左右に振る。

 うっかりスルーしてた。そうだよ、まだ須川と古賀は陣の正体のこと知らないし、今のところは古賀はまだグレーな存在だから、余計なことは喋らないってさっき、暗黙のルール的なものを陣と美桜に提示されたばかりだ。

 陣は美桜の方にきっと向き直って、人差し指を前に立て、シーッと何度もジェスチャーしたが、美桜は悪いと思いつつ謝りたくないのか、頬杖を突きつつ顔を緩ませ目を背けていた。


「あと、陣君のこと、聞き間違えじゃなきゃ『ジーク』って呼んでたような」


「――あ、愛称だから。そこは愛称だから。怜依奈も僕のことそう呼んでも良いよ」


「う、うん?」


 YES、YES、OK、OKと、何故か英語で須川を説き伏せ、彼女が無理やり納得したのを確認すると、陣はみんなに向かって、


「SORRY、続けて」


 とまた英語を混ぜて目配せし、深呼吸しながらようやく席に着いた。

 明らかな動揺ッぷりで、これはもう、自分はレグルノーラの人間で本当はみんなより十は上なんですって言えば楽なんじゃないかと同情してしまうほどだ。

 にしても、今の話だと、美桜は八つのとき既にランクAと判定されていたってことだろ。今は……、今はどうなんだ。もしかしてS、まさかSSとか。彼女が干渉者協会とやらに改めて査定を頼むことはなさそうだし、少なくともAと考えておいた方が良さそうだ。


「ランクはさておき、ボクも含めて干渉者が他世界に干渉する方法っていうかさ、どうしてそんな能力を身につけるに至ったのかは知りたいわけだよ」


 騒ぎに一区切り付いたところで、芝山が話題を戻した。


「ボクも須川さんも、恐らく古賀先生も、一次干渉者の影響を受けてレグルノーラに行けるようになった二次干渉者だ。ボクらが巻き込まれた経緯は、恐らく二枚目表の図の通りだと思うんだけど、一次干渉者の三人はどんなだったんだろう。来澄は以前、確か美桜に声をかけられて自分の力に気付いたって聞いたけど、当の美桜や陣君の場合は?」


「それ……必要?」


 両肘をテーブルについて、ムスッと頬を膨らました美桜が、じろりと芝山を睨んだ。


「私、必要ないと思うわ。経緯なんて聞いたところで何の参考にもならないわよ。場合によっては酷くプライバシーを侵害する問題じゃない。悪いけど、私はこの場では答えないわ」


「えぇぇ……、そんなこと言わないで、さし支えないところだけでも」


「さし支えないところなんかどこにもないから。ジークの話だって、聞くだけ無駄だと思うわ。そういう話じゃなくて、もっと身になる話をしたらどう? 例えば、他にも二次干渉者かもしれない人がいるのかどうかとか、“こっち”でも“向こう”でも、不審な人物を見かけた、不穏な動きがあった、みたいな情報はないのかとか、どの武器が一番扱いやすかったかとか。例えばダークアイに対しての有効な攻撃方法やダメージの大きかった武器の種類、判明した攻撃パターン。まだあるわ。レグルノーラでは自由に使える魔法を“こちらの世界”で上手く使うためのコツ、オススメの防具、“向こう”で知り合った頼りになりそうな干渉者や能力者、一般市民の情報……、そういう情報を交換するためにここに集められたのだと私は解釈していたけど。勿論、芝山君の努力を無下にするわけではないのよ。これはこれで非常に興味深い試みだと思うわ。今まで文書に纏めようと思った人なんて居ないだろうし。こうやって形に残しておくことで、私たちは確実に“この世界じゃない別の場所”と行き来しているというあかしになる。その点は流石芝山君、素晴らしいチャレンジ精神だと思う。だけどね、今は喫緊の課題として、“この世界”がレグルノーラにどんどん近づいてきていることについてもっと話し合うべきだと思うの。私の部屋が“ゲート”に蝕まれてしまったのは、恐らく何らかの大きな力が働いて、二つの世界を以前より強く結びつけようとしてるんじゃないかって。これはあくまで私の実感であって、他のみんなはどう思ってるのかはわからないんだけど、何となく、以前より“こちら”で力が使いやすくなったような気がするの。何となくよ? みんなはどう?」


 美桜は言いながら、チラリチラリと一人一人の顔を見つめた。

 さっきのドタバタで調子の狂っていた陣は気を取り直して眉間にしわ寄せ、美桜の言葉の一つ一つにうなずいた。古賀はあごに梅干しをこさえて天井を仰ぎ、芝山は自分の資料に目を落としてため息を吐き、須川はまた難しい話かとつまらなさそうに椅子に背を預けた。


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