“レグルノーラ”とは2

「相手が誰だったとしても、戦いで絡んだわけでもない、素性も知れない相手にみすみす自分の全てをさらけ出すことはできないと言ってるんです。そこは慎重にしておかないといけない。今後同じようなことが起きたとき、今回のが前例となって、誤った判断をしてしまうことがあったら大変だ。懸念事項が増えて、より神経をとがらせなきゃいけない状況になってるんだから、甘い考えで接触したり安易に情報を与えたりするのはよろしくないと、そういう話をしてるんです」


「随分な言い様だな。それはアレか。都市部で猛威を振るったっていう“ダークアイ”と関係が」


「それだけじゃありません。ところで“先生”は“向こう”で何を? 少なくとも僕とは絡んだことはありませんよね」


「何って……、アレだ。特にすることもないし、畑仕事と機械いじりをだな」


「それだけですか? 僕は何となく嫌な物を感じる。気のせいかもしれませんが、少なくとも僕らとは違う物を持っているような気配がするんですが」


「ええぇ……」


 古賀は眉をハの字にして背中を丸くした。

 俺が見た限り、確かに古賀はゆるゆる異世界ライフを満喫しているだけだったが。

 陣は一体古賀に何を感じているのだろう。


「奇遇ね。私もよ。先生、私たちに隠しごとなんかしてないですよね。場合によっては記憶と干渉能力を消去する強制魔法を発動しなくちゃいけなくなるかも」


 足を組んで身を乗り出し、まじまじと古賀を見つめる美桜。何だかわからないが、あまりよろしい雰囲気ではない。

 冷房が急に冷たく感じてきて、ブルッと身震いする。


「君らが何を感じ取ってるのかはわからないが、本当に何もないから。市民部隊の方に問い合わせてくれればわかると思うけど、エアカーの改造の手伝いはしてるよ。それだけ。後は本当にゆるりゆるりと過ごしていただけだ。魔法なんて全然使えないし、ただ“向こうの世界”に迷い込んでぷらぷらしてるだけってのもつまらない。だから、好きな機械いじりで少しでもレグルノーラの役に立てればって思ってさ」


 参ったなと古賀は公民館前で購入したお茶のペットボトルを手に取り、グビグビ喉に流し込んだ。尻のポケットから取り出したハンカチで汗を拭い、折り返してまたしまう。その一挙手一投足を陣と美桜はピリピリしながら観察していて、まるで取調室のようだ。


「な……なんなら、行ってみるか? 学校じゃないから行けるかどうかわからないけど」


 すねた子供のようにボソリと呟く古賀。


「行けますよ。行こうと思えば」と陣。


「でもまぁ、わかりました。今回は信頼しましょう。シバがせっかく用意した資料が無駄になるのも勿体ない。議論とやらに戻りましょう。けど、少しでもおかしな動きをしたら、直ぐに疑いますよ。悪魔なのか、それとも別の……なのか、白状するまで徹底的に追い詰めます」


「叩いても埃なんか出ないよ。まず落ち着け」


 古賀は苦笑いし、長くため息を吐いた。

 芝山も、もしかして今回の情報交換会自体があまりよろしい結果を生まないんじゃないかとでも思ったのか、資料片手に肩を落としている。


「司会、司会」


 落ち込む芝山を励ますつもりで芝山を肘で突く。芝山は我に返ったようにきょとんとした顔をして数回うなずいた。


「ねー、私、やっぱり必要ないよね。帰ろうか」


 左隣では須川が両肘をテーブルに付けてほっぺたを膨らましていて、


「パフェどうすんだ。パフェ」


 と言うと、ハッとしたように、


「帰るのやめる」


 と姿勢を正した。


「じゃ……、いいかな。始めても」


 トーンダウンした芝山が、向かい側の三人の機嫌を伺いながら尋ね、三人が三人ともうなずき返したのを確認して話を進める。


「『(1)レグルノーラとは』ここに書いたのはボクなりの解釈と、帆船に保管されていた故人の手記や文献を元にまとめたものだ。ボクは“裏の世界レグルノーラ”をいわゆる“並行世界の一つ”だと考えている。だから資料のタイトルにもそう書いた。他のみんなは……どうだろう」

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