77.“レグルノーラ”とは

“レグルノーラ”とは1

 仰々しい議題を提示した芝山に、少なくとも須川はどん引きだった。


「ちょっと。何コレ。今日はそういう集まり? 私帰っても良いかな。凌、どっか行こうよ」


 立ち上がって腕を引っ張ってくる。


「落ち着けよ。面倒くさがらないで、少し話聞こうぜ。須川には悪いけど、俺はこの議題に興味あるんだ。ま……、堅苦しいのは司会が司会だから仕方ないとして、もう少し付き合ってくれないか」


 須川の目を見てなだめると、彼女は何故か顔を赤らめて、


「怜依奈って呼んでって言ってるのに。つれないなぁ」


 と口をすぼめる。

 こういう仕草は美桜にはなくて、可愛いっちゃ可愛いんだけど。


「昼、俺が何か奢ってやるから。な」


 古賀が困ったような顔をしてだめ押しする。


「……ファミレスとか連れてってくださいよ、先生。私パフェ食べたい。キングパフェ」


「キング……、わ、わかった。連れてってやるから」


 一瞬、古賀は躊躇した。

 わかる。あそこのファミレスだ。女子に話題の超キングサイズパフェがあるところ。高さ30センチ超のデカい器のヤツだ。絶対一人じゃ食えないわけで、となると、みんなでつつくのは確定。けど、甘い物好きの女子は二人しか居ない……つまり、俺らにも生クリームの餌食になれと。そういうことか。

 古賀は連れてってやるといった後で俺と芝山、陣を順番に見てうなずきを求めた。食えるよな、食えよなと無言で訴えてくる古賀に、皆口を貝のように閉じて目を逸らした。


「ひ……昼は先生の奢りで確定って事でいいとして、ちょっと見てもらいたいモノがあって」


 気を取り直して話題を切り替えると、芝山は自分のデイパックをテーブルの上にドンと置いて、何やらゴソゴソ漁り始めた。

 A4の――文書だ。

 束を取り出し、一人一人に配って歩く。十枚ほどの綴りで、細かい字がギッシリ両面に刷られている。表の左角に文書のタイトルが。


「並行世界レグルノーラに関する考察……(1)レグルノーラとは(2)干渉者の存在(3)悪魔の出没と対策(4)魔法の体系と応用……なんじゃこれ」


 思わず声に出して見出しを読んでしまった。

 文書化したいって言ってたけど、これがそれか。

 芝山のヤツ、補習して俺の纏めプリント作って塾行って、その合間にこんな物まで作ってたのか。馬鹿か。


「ボクが“向こう”で得た知識を纏めた物だから、かなり穴だらけだと思うんだ。この資料の空白を埋めたいし、埋めることで新たな発見があるんじゃないかと思って。どうだろう。何もないところで議論したって始まらないだろうって、大急ぎで作ったんだけど」


 ホワイトボードの前に戻り、芝山は得意げだった。

 例えるならば参考書だ。項目ごとに見出しがあり、注釈があり、読む人を飽きさせないためか挿絵や写真まで差し込んである。画像はネットからの拾い画だろうが、文章の内容に沿った物が添えられている。

 凄い、凄いんだけど。


「字が……極端に小さいな。どうしてA4に4ページ集約して印刷したんだ。よ、読めない」


 古賀が目を細めて字と格闘している。


「そうね。せめて集約は2ページまでよね」と美桜。


「紙とインクの節約です。それに、2ページ集約だと倍の厚みになる。持ち運びも大変だからね」


 もっとスマートな方法はなかったのかと苦い顔をして芝山を見る。ヤツは自分の文書の読み返しで忙しいらしく、全く気が付かない。


「で、読んでわかると思うけど、あちこち抜けてるんだ。ボクは殆ど砂漠で、船内の資料が知識の出所だからね。美桜とか陣君なら、もっと細かいところまで知ってるんじゃないかな。その辺、教えてもらえればありがたい」


 言いながら芝山は俺の隣の席に戻り、ペンケースからシャーペンを取り出した。メモる気満々のようだ。


「……砂漠?」


 古賀が顔を上げる。


「芝山、何だ砂漠って」


 そういや、古賀はそれぞれの立ち位置を知らない。


「ボク、砂漠で帆船のおさをやってるんです」


おさ?」


「はい。砂漠を旅してて。美桜と来澄はそれぞれ魔物や悪魔と戦ってるし、陣君はそもそも“こっち”の人間じゃないし。色々です」


 名前を出された陣が頭を抱えて、


「言うなよ……」


 と声を漏らす。


「シバ、僕のことは簡単に話して欲しくなかったな。トップシークレットだよ。第一、彼が僕たちの味方かどうかまだハッキリしないのに」


 親指で古賀を指し、腕を組んで顔をしかめる陣。芝山は事の重大さにまだ気が付いてないらしく、首を傾げている。


「それぞれに立場というモノがあるだろう。君は簡単に帆船のおさであることをバラしたが、仮に帆船を悪用して砂漠の魔物を森や都市部に引き入れようとしている輩だったらどうする。君はそれを事前に察知できるのか。悪いが僕はまだ彼を信用していない。逆に君が彼を信頼するに至った経緯を説明して欲しいくらいだ」


 仮にも教師を隣にして“彼”などと。陣はあからさまに機嫌を悪くしている。


「そんなこと言ったって。先生、だよ? 信頼するだろ。な、来澄」


 芝山が俺に同意を求めてくる。


「『な』って言われても」


「困るわよね。“こっち”での上下関係と“向こう”での関係は分けて考えてもらわないと」


 陣の隣で美桜がため息交じりに呟く。


「美桜もかよ」


 芝山は残念がっているが、こればかりは仕方ない。だって、そのくらい色々面倒くさいことになってるんだから。


「なんだ……。せっかくレグルノーラの事を話せる仲間を見つけたと思ったのに。簡単には話してくれないんだな。俺が教師だからか?」


「いや。関係ない」


 陣がピシャリと言い放った。


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