キャンプ2

「こんばんは。あの……」


 恐る恐る声をかけると、


「さっきの竜で連れてこられた人? キャンプの受付ならこの奥。大きなテントがあるから、中へどうぞ」


 どうやら街から逃れてきた避難民だと思われたらしく、兵士の男が優しく案内してくれた。ホントは違うんだけどなんて、そんな反論はする気もない。俺は深々と頭を下げて、彼の案内した場所へ向かった。

 夜になり、すっかり外は冷え込んできた。薄い市民服の生地じゃ身震いがする。両手で腕をさすり、肩をすぼめながら歩いた。

 何か暖かいジャケットでも……と考え、ふと思いついたのが某衣料品メーカーのダウンジャケットで、あれ案外暖かいんだよな、薄いけどと手触りを想像すると、不意に身体が温かくなる。気が付くと黒い腰までのダウンジャケットを羽織っていて、“イメージの具現化”が以前よりずっとスムーズに行えるようになっていることに驚いた。

 一応“能力”は“覚醒”しているわけで、それを使いこなせなきゃ意味がないと砂漠に放り投げられたあれは、やはり何かしら効果があったんだ。そう考えると、苦手だがディアナには感謝すべきなんだろう。

 空は相変わらず真っ黒で、星なんて見えそうにない。

 ぼんやりと闇に浮かぶ木々のシルエットは不気味で寒々しさを増長させる。夜行性の鳥の鳴き声に混じって、野生動物なのか魔物なのか、遠吠えも聞こえてくる。

 過去の世界に飛んだとき、幾晩か森の小屋で過ごしたけれど、そのときは全然気付きもしなかった薄気味悪い雰囲気が、森の奥に広がっている。そう考えると、やっぱりウィルと一緒に動けば良かったかなと後悔し始めてしまう。が、今更そんなこと言ったところで彼の居場所さえわからない。仕方なしに案内されたテントへ向かうしかないのだ。

 しばらく歩いて行くと兵士が言ったとおり、大きめのテントが目に入った。間口を大きく開けたテントの中にはテーブルやら椅子やらが並んでいるのが見える。入り口の両隣にやはり兵士が銃を持って立っており、俺の姿を見るなり一斉にこちらを向いた。兵士は中に向かって何か合図を出す。すると中から女性が一人、やってきて、


「新規の避難民の方ですか」


 と叫んでくる。


「いいえ。少し、聞きたいことがあって」


 思っていた答えと違ったからか、女性は少し戸惑ったような動きをして、


「どうぞ中へ」


 と手で合図した。

 入り口の兵士は厳つい顔で上から下までジロジロと俺を眺めてきたが、丸腰なのを確認すると通って良しとあごを動かした。俺はまたそこでもぺこりと頭を下げ、テントの中へと入っていく。

 教室よりも少し広いくらいのテント内はパテーションでいくつかに区切ってあった。手前は集会所のようになっていて、会議用なのか大きめのテーブルと、沢山の椅子が几帳面に並んでいる。奥に進むといよいよ受付のような場所に出て、俺はそこでで足止めされた。

 長いテーブルと椅子が数脚、後ろには小さめの棚がいくつも積み木のように重なっていて、テーブルの上には書類やタブレット端末のようなものが無造作に置かれている。こんばんわと挨拶する若い男女は、ここの係員のようだ。


「もしかして“表”の人?」


 案内した女性が、俺の顔をまじまじと見つめながら恐る恐る尋ねてきた。


「そう、ですけど。何か」


「あー……やっぱり。その変なモコモコ服、見たことないなと思って」


 どうやらダウンジャケットに違和感があったらしい。

 受付の二人も顔を見合わせてうなずき合っている辺り、この格好は目立つ、奇異なものに映るということなのだろうか。美桜や芝山と違って、完全に“こっち”に馴染むのはまだまだ先のようだ。


「“干渉者”って変わってる人が多いから、もしかしたら“こっち”の“干渉者”って可能性もあるかなって思ったんだけど、それにしてはなんだか妙に浮いてるなって」


 女性が言うと、受付の二人もうんうんとうなずきながら苦笑いする。なんとも微妙な雰囲気だ。


「ところで……聞きたいことって」


「あ……、はい。知り合いに聞いたんですけど、このキャンプに俺のことを探してる人が居るらしくて。俺の名前、“凌”って言うんですが、背の高い男性が俺の知り合いに『知らないか』って尋ねてきたそうなんです。わかりますか? 上から下まで真っ黒い服を着た、切れ長の目をした華奢な男性……。名前は確か“キース”……」


「――“キース”ね!」


 パンと、俺の隣で女性が手を叩いた。


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