キャンプ3

「いるいる。ちょっと前に合流した“干渉者”なんだけど、多分彼だと思うわ」


 え……? “干渉者”……?

 竜じゃなくて“干渉者”として潜り込んでいたのか?


「で、今彼はどこに?」


「あー……、ちょっと待ってください。確か今晩は能力者たちの会合が開かれてるはずだから、そっちのテントに……。あった。この地図の……、わかりますか。ここから左に出て、2ブロックほど進んだ後、右に曲がれば大きめのテントがあります。ちょっとしたパブが営業してて、その中で会合しているはずです。行けばわかると思いますよ」


 受付係の男性が手元の地図を広げて教えてくれる。


「『人を探してる』ことはいろんな人に話してたし、『いずれ自分を訪ねてくる人が居たら教えて欲しい』って言って回ってたから。名前までは知らなかったけど、それがあなたなのね。見つかって良かった。早く会いに行ったら?」


 何も知らぬ受付の女性も、にこやかに笑って言う。


「あ……りがとう、ございます」


 煮えきれぬ思いで深々と頭を下げ、俺は足早にテントを出た。

 なんだ。なんだってんだ。

 ほんの少し顔を合わせただけ、まともに会話なんてしなかったはずなのに、彼は俺のことをしっかり覚えている? そんなこと、あり得るのか。

 何が彼の琴線に触れたのか、俺にはてんで見当が付かない。

 彼に会って実際話してみるまでは、本当に彼があのときの……“かの竜の化身”であるかさえわからないのに、俺の心臓はバクバクと激しく鳴っていた。

 案内された通りに道を辿ると、グラスのマークが入った看板を出す、大きめのテントが目に入った。他のテントよりも沢山光が漏れていて、大勢の話し声と音楽が外まで響いていた。未成年お断りの店のようだが、そんなのはどうでもいい。今は中に入って、真相を確かめるのみ。

 幌を潜り、店内に入る。

 外で感じたのよりもっと強い食べ物の匂いがテント中に充満していて、俺のお腹は一気にグウと鳴った。料理から出る湯気や煙で、店内はもやがかっていた。小さなテーブルがいくつか。それからカウンター席。あっちでもこっちでも屈強な男たちが背中を丸めて、ワイワイと喋りながら旨そうに酒を飲んでいる。

 キョロキョロ辺りを見まわしていると、エプロン姿のウエイトレスが一人、トレイ片手に近づいて俺をギッと睨み付けた。


「見たところ、まだお酒の飲める年齢じゃないみたいだけど? 何の用?」


 当然の反応だ。


「いや、飲みに来たわけじゃなくて。人捜しです。ここで会合してるって聞いて。呼んで貰えますか……“キース”って人。この中にいると思うんですけど」


 何か思うところでもあるのか、ウエイトレスは益々俺のことを睨み付け、首を傾げた上で、仕方ないなとばかりに振り返って大声を出した。


「キース! こっち! 何か、用があるみたいよ!」


 何ともぶっきらぼうな呼び方だ。キースはここの常連なのか。

 ガヤガヤとうるさい店内では直接本人に声が届かないらしく、伝言ゲームの要領で客から客へ用件が伝わり、ようやくそれらしき人物が反応した。自分かと相手に尋ね、相手はお前だ早く行けとジェスチャーし、そうして立ち上がった男は、確かに上から下まで黒一色で、明らかなる糸目だった。

 記憶にある“かの竜の化身”とは雰囲気が随分違う。張り詰めた糸か、はたまた薄氷の上か、そんなトゲトゲしい空気は一切ない。人なつっこい、優しそうな男だ。


「キース、ここは未成年お断りだから、話は外でお願いよ」


 勝ち気なウエイトレスに念を押されると、キースはわかってるよとウインクし、肩を叩く。それからこっちを見て、


「何の用? 君……どこかで会った?」


 覚えていないのか、しらばっくれているのか。

 とりあえず、彼が俺の予想した人物なのか、確かめる必要がある。


「俺、“凌”です。わかりますか? あなたがずっと探していた“干渉者”。あの日……、美幸さんの最期の日以来、ですよね」


 ――キースの表情が急に変わった。


 細い目を目一杯開いてギョロリと俺を睨み付ける。ビクッと俺が肩を震わしたのを見ると、今度はニヤリと不敵に笑って、


「外、行こうか」


 キースは俺の両肩を、軽く叩いた。

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