不審な男2

 十年以上前――? てことは、ジークじゃない……?

 芝山の話を聞いたときから、俺はてっきり、レグルノーラで芝山に接触していたのはジークだと思い込んでいた。世話好きの彼なら、異世界に迷い込んで途方に暮れていた二次干渉者に手を差し伸べるくらいのことはするだろうと。

 が、今の話を聞く限り、ジークじゃない。むしろ、時空嵐に巻き込まれ、過去へ飛ばされたときに出会った誰か。ディアナの周囲にそんな人物がいたか? まさか“深紅”の姿をしたテラじゃないだろうし。あいつは竜で、美幸にべったりとくっついていて、そんなことするわけもないし。

 誰だ。

 該当するような人物が、思い当たらない。

 暑さからじゃなく、焦りから喉が渇いた。

 あのとき、俺はそんなに大勢の人間と接触はしなかったはずだ。まさか、会話すらしなかったディアナを支持する能力者? あの場には確かに何人もの能力者が居て、各々が五人衆の誰かと戦っていた。その中の一人だったってことは?


「どうしたんだよ」


 考えを巡らす俺に、芝山が声をかける。

 尋常ならざる汗が後から後から噴き出てくるのを不審に思ったようだ。


「いや……。ところで、その彼の特徴は? 服装とか、顔とか」


 そうだなと、芝山はあごに手を持っていって、思い出す仕草をした。


「背は……高い。おさになったときのボクと同じくらいか、それより少し高いか。華奢ってわけじゃないけど、結構細身で。黒髪で、優しそうな顔、してたかな。黒い色が好きなんだって。上から下まで黒い服をしてたから、キャンプでは結構目立った。糸目でさ、笑うと目が消えるんだ。で、知ってるのかよ、来澄」


 俺は、酷い顔をしていたんだと思う。

 身体がカチンコチンに固まって、指一本動かせない恐怖に襲われていた。

 多分、彼は。


 ――かの、竜だ。


 名前も知らない恐ろしい存在。

 彼が、俺のことを覚えている。

 それだけでも鳥肌が立った。

 ほんの短い間の出来事だった。小屋で待つ美幸の元へ向かい、そこで彼が美幸を抱き上げて恐ろしい言葉を話すのを聞いた。死体の転がる草地の真ん中で美幸と抱き合い、口づけを交わすのを見た。そして、あの邪悪な波動と魔法陣におののいた。

 俺はその間、ただ呆然と立ち尽くしていただけで。

 まさか。考えすぎだ。

 過去に迷い込んでしまった一人の干渉者のことを、覚えているはずなんて。


「彼は、今もキャンプに……?」


 大きく息を吸い込み、気を取り直して芝山に尋ねた。


「ああ。居ると思うよ。ボクたちは用事が済んだからまた砂漠へ戻るけど」


「名前は、わかる? 彼の」


「確か、キース……って言ったかな」


「そうか……、貴重な情報、ありがとう」


 何のために芝山に接触したのか、その理由が知りたい。美幸に近づいた理由と、何か関連性があるかもしれないし。彼がキャンプを去る前に、何とかして会うことはできないか。早急にレグルノーラに飛んで、キャンプの一を把握しないと。


「で。来澄の用事は? なにかお願いがあるって」


「そ……、そうだった」


 うっかり、忘れるところだった。芝山にしかお願いできないことを。


「前に、何人か芝山と同じ方法で……つまり、美桜の影響下で引きずられるようにしてレグルノーラへ飛ぶヤツが数人居るって、教えてくれたよな。それが誰なのか、知りたいんだ」


「個人を特定しろってこと?」


「そういうこと。二つの世界を行き来できる人間が、意識的に“向こう”に干渉しているか、無意識的に干渉しているか、それも知りたいんだ。個人が特定できれば、少しは対処のしがいがあるってことかな。どうもレグルノーラに現れる“悪魔”の正体は、いわゆる人間の悪意の固まりらしいからな。“ダークアイ”だけでも消えてくれれば、“向こう”の人間もゆっくり過ごせるんだろうし」


「ふぅん」


 芝山は口をとがらせて、眼鏡をクイクイ上げた。


「本気で、救う気なんだな。レグルノーラを」


「まぁな。色々と、背負わされたから」


 まだ能動的に動くまでには達していないが、それなりに使命感は持つようになったんだ。……空回り状態だが。


「美桜が登校したら、やってみるよ。来澄、君も一緒にするんだろうな」


「え、あ……うん。いいけど、どうやったら」


「ボクに聞かれてもわからないよ。美桜の力を感じて、それに乗っかってみたらどうかな。いつもは自分の力で飛ぶんだろうけど、それをあえて、美桜の力を借りてやってみたら、同じ方法で飛ぶ誰かを感じることができるのかもしれないし」


「あ! なるほど。お前、頭いいな」


「……来澄に言われると、なんかムカつくんだけど」


 ハハッと苦笑し、そう言わずにと肩を叩くが、その手を芝山は嫌そうに払った。


「戦っているときの来澄は、妙に格好良かったのにな。こっちだと全然パッとしない。一体何が違うんだか」


 それは褒められていると受け取っていいのか。

 芝山は重い肩掛けバッグをヒョイと持ち上げて、


「じゃ、ボクは塾だから」と手を振った。


「お前こそ、おさのときとの差をどうにかできないのかよ」


 立ち去ろうとする芝山に、声をかける。


「うるさいな。その差を楽しんでるんじゃないか」


 言い残して屋上から去って行く芝山は、ニヤニヤと嬉しそうな顔をしていた。





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