不審な男3

 前日に壮大な旅を果たした自室のベッドに腰掛けて、俺は精神を集中させた。

 暑苦しい制服を脱ぎ捨てて、Tシャツに半ズボンの軽装だが、向こうへ行くときはそれなりに体裁を整えなければならない。この前、過去で美幸が見繕ってくれた市民服はどうだ。五人衆との戦闘ですっかりボロボロになったが、イメージ次第で新調できるはず。

 短時間でもいい。“向こう”に行きたい。

 芝山の話を聞いて、強く思った。

 どこに飛べば一番話が聞けるだろうか。どこに行けばキャンプに近づけるだろうか。どんなに考えてもよくわからなくて。

 市民部隊のキャンプなんだから、市民部隊の連中に聞くのが一番なはずだ。ライルとかいう市民部隊の隊長と、美桜は仲が良かった。過去でも面識はあるし……あまり、いい出会いではなかったが、彼に聞くのが一番だろう。

 が、残念ながら彼らの本拠地を俺は知らない。あの塔――白い塔の付近に行けば、ディアナや、その側近が教えてくれるだろうか。

 とにかく、策はないが向こうへ行きさえすれば、何かわかるかもしれない。

 その程度の認識で、俺は目を瞑り、右腕の刻印を擦った。

 意識を集中させる。身体の中心に力を込め、全ての重さという重さが自分の足元にかかっていく。自分の身体が徐々に床に沈み、二階の床を突き破り、一階の天井をすり抜けて、家具を伝い、更に地面に向かって落ちていく。

 空を突き抜け、着地するのはいつもの小路――いや、別の場所にしよう。

 街の中心、塔の下へ。過去の世界で市民部隊に出会った場所。あそこなら。

 イメージを巡らす。塔の前の、大きな公園。背の高い木々があった。あの木陰へ。

 ……そっと、地面に足を付けた。

 柔らかな草の感触が、靴底から感じられる。思い切って両足を付け、感じた重力を信じて目を開ける。

 できた。

 ゲート以外の場所にも飛べる。イメージさえしっかりできれば。

 目の前の巨大な白い塔。ここまで来たのはいいが、市民部隊と接触するにはどうしたらいいか……。

 辺りをきょろきょろ見回すが、人っ子一人いない。当然か。一般市民は皆避難してる。残っているのは能力者や市民部隊などの戦闘員のみ。

 来るべき場所を間違えたか。

 あちこちうろうろと歩き回り、参ったなと頭をかいていると、ふと遠くで物音が聞こえた。

 爆発音だ。

 誰かが魔法を放っているのか。

 急いで音のするほうへ走っていく。

 塔の公園から少し離れたところにある、大きな通り。街路樹の陰から黒いものが見えた。不定形の黒いシルエットが、煙のように揺らいでいる。

 魔法陣が光り、魔法が放たれ、その合間を縫うようにして戦闘員が走っていく。目線を上げると、羽を広げた大きな竜。背には銀色のジャケットを羽織った人影。


「ビンゴ!」


 思わず叫んだ。

 探していた市民部隊に違いない。

 俺は頬を緩めて、彼らの元へと走って行った。

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