難題3
何の話をしてる。ベンチに預けていた身体を起こす俺に、男は「わからない?」と両手を出して、早く気付けと妙な合図を送ってくる。
「ここ、“ゲート”の一つだよ。うちのサーバールームと繋がってる。ここを経由して、毎日通学してるってわけ」
「“ゲート”……、“サーバールーム”……って。まさか」
「まさか?」
「ジーク……、なのか?」
「当たり。ここじゃ、陣郁馬って名前だけど。2-Aの。俺のこと、知らない?」
じん、いくま。じ……いく。
なるほど、捻りがないって、美桜が笑ったのを思い出した。
顔は悪くないし、ファッションとか、インテリアとか、そういうのには凄く気を遣ってセンスもいいのに、ネーミングだけは残念だったわけか。
「絡まないヤツのことはあんまりわからないからなぁ。それより、ホントに、ジークなのか……? 証拠は……?」
眉をひそめる俺に対し、陣郁馬と名乗った男は、
「何を見せたら信じる? 魔法?」
言いながら俺の隣に無理やり腰掛け、不敵に笑う。
「魔法って……。“こっち”でそんなもの、使えるのかよ。物理法則もへったくれもない“あっち”とは違うんだぜ」
「凌ならそういうと思ってた。ちょっと待って。姿戻すから」
周囲に誰も居ないか念のため確認すると、陣はパチンと指を鳴らした。その音に驚き、まばたきすると、隣にいた男の姿が変わっている。ジークだ。紛れもない、あの優男。高い鼻も、彫りの深い顔も、そしてあの、ブルーの瞳も。格好だけは制服のままだけれど、レグルノーラで世話になったジークが、確かにそこに居たのだ。
「信じた?」
ニカッと、笑いかけるジークに、俺はただ何も言えず、頷くだけ。
秘密裏にウチの学校に通って情報収集してるっては聞いてたけど、なかなか接触しようとしなかったジークが、何故突然、俺の前に現れたのか。しかも、このタイミング。美桜が休みの日を狙ったのか。
「察しの通り、美桜が居ない方が何かと都合良かったんだ。前も言ったろ。美桜じゃなくて、僕たちと行動を共にしてくれないかって。その返事を聞きたい」
ああ、そういえば、そんな話をされた。あれは、レグルノーラのカフェだったか。
無理やり呼び出されて、そういう話になって、その後ディアナと会ったんだ。そして、ディアナにも同じような警告をされた。趣旨は、少しばかり違ったけれど。
「直ぐに返事は、難しい。美桜のことを守るって約束したんだ。それを、反故にすることなんてできない。勿論、できるだけ協力はしようと思うけど、美桜のことは美桜のことで、何とか守ってやりたいし。そこは……、悪いけど、譲れないよ」
「そうか……。残念だな。ディアナ様の話じゃ、能力も解放されて、人が変わったかのように急成長したって聞いたもんだからさ。期待、してたんだけど」
「そりゃ、どうも」
確かに力は付いたかもしれない。が、だからといって、俺と美桜の関係が変わったわけでもないし。
むしろ、美桜の母、美幸の死に際の一言が、思いっきり尾を引いてしまっている。あんな風に頼まれて、男として、嫌ですだとか困りますだとか、そんな言い訳したくもない。
「凌は知らないと思うけど、君が入院している間、かなり大変だったんだよ、こっちは。久しぶりに登校して、何か感じなかった?」
「何かって、つまり」
「不穏な空気を、君は感じなかったのか」
不穏、と聞いて、真っ先に教室で見た黒いもやのことを思い出した。ねっとりした黒い気配が教室に充満していたのだ。
「感じたんだろ、やっぱり。まだ干渉者にしか見えない程度だけど、相当強い悪意が渦巻いている。これが重なれば、いつか“ダークアイ”のように、誰にでも見ることのできるモンスターに姿を変えてしまうかもしれない。これがどういうことか、君には簡単に想像できるはずだけど」
ジークは俺の顔色をうかがうようにして、じっと覗き込んできた。吸い込まれそうな青い瞳は、俺に覚悟を問いただしてくる。
「そうならないためにも、何かして欲しいとか、そういうこと?」
「話が早い。僕は僕なりにこっちで動き回ってはみるけどね、限界がある。そこをカバーして貰えたら、一番ありがたいわけだ」
「なるほど。でも俺、こっちでも結構美桜に拘束されるぜ。その上で動き回れる範囲でしか協力は難しい。それは、わかってくれる?」
「ハハッ。そりゃ勿論。美桜が凌に相当入れ込んでるのはこっちも知ってるから。で、お願いしたいのは、“二次干渉者の抽出”。特に美桜の影響が強い君のクラスには、何人か美桜の影響を受けた二次干渉者がいるらしい。そこまでは突き止めたんだけど、そこから先は、なかなか踏み込めなくて。もし彼らの中に、悪意を持ってレグルノーラに干渉している人が居るならば、“悪魔”の原因の一つになってしまっているかもしれない。ま、可能性の一つだけど」
芝山も言っていた。美桜に引き込まれるようにして、レグルノーラへと飛んでしまったのだと。そして、同じ方法で二つの世界を行き来する人間は他にもいるのだと。
「なかなか難易度の高いことを求めるよな」
口が思わず引きつった。
だが、実際のところ、向こうは大変なことになっているわけで、わらにもすがる思いでいろいろと探っているんだろうし。今のところ、断る理由はどこにもない。
「見つけたら連絡して」
「連絡?」
ジークはポケットからスマホを取り出し、持ってるだろと目で合図した。
そりゃ持っているけども。よりによって、これかよ。異世界感まるでない。
連絡先を交換すると、ジークは満足そうに頬を緩めた。
「便利だよね、これ。“向こう”じゃこういうの発達してないから。面白い」
「夏休みまであと少ししかないし、探るには限界があると思うぜ」
「――そこを、上手くやるのが、“能力”を“解放”した凌の腕の見せ所、じゃないか」
無責任な発言に、口をあんぐりさせてしまった。
「大丈夫、できるって」
根拠もなくジークは言い、ポンポンと背中を強く叩いた。
「さて戻るか。昼休みも終わるし」」
言って立ち上がると、彼はもう、陣郁馬の姿に戻っていて、緩く流した茶髪を掻きむしり、ひとつ、あくびをした。
「頼んだからな」
言い残して去って行く陣の背中を見ながら、面倒なことになったなと俺は一人、ため息を吐いた。
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