ディアナの使い2
昼食を終えても、ディアナの使いとやらは来なかった。
母親に急かされレグルノーラにやってきた美桜も、あまりに長い時間待ちすぎて、すっかり飽き飽きしていた。
「ねぇママ。まだ来ないの」
いつ来てもいいようにと、外に出ず家の中でじっとしているなんて、四歳児には大変なことなのかもしれない。床にチョークでお絵かきしてみたり、台所から調理用具を引っ張ってきてままごとしてみたり、俺とテラの背中に交互によじ登っては、高い高いしてだの飛行機してだのねだってみたり。そんな美桜の相手をしていたら、あっという間に半日が過ぎた。
「どうかな。もうそろそろだと思うけど」
美幸は美桜のイタズラ書きを雑巾で綺麗に拭き取っている。後片付けは殆ど母親の仕事のようだ。
「手伝うよ」
暇をもてあました俺は、掃除用具入れから雑巾を一枚持ってきて、バケツの水に突っ込んだ。ひんやりと冷たい水に潜らせた雑巾をギュッと絞り、床の汚れを丁寧に拭き取っていく。が、思ったよりすんなり汚れは落ちなかった。床板の溝や細かな傷に入り込んだ粉は、何度もいろんな方向から擦らないと、思ったように拭き取れない。根気の要りそうな作業だ。
「ありがとう。凌君は結構気が利くわよね。お家でもお手伝いはする方?」
拭き掃除を続けながら、美幸はそんなことを言った。
「え、ええ。まぁ。両親共働きだし、暇なんで」
「お手伝いは暇だからするようなことじゃないでしょ」
「いや、実際、暇なんで。学校に行かなかったら、殆ど引きこもりみたいな生活だし」
「引きこもり? まさかぁ」
「でも本当に、コミュニケーションが苦手で。一人の方が楽だし」
「苦手そうには、見えないけどな」
美幸は手を止めて、首を傾げた。
「凌君、協調性あるし、人の気持ちも考えて動いてくれるし。案外上手に生きていけそうな感じ」
「それは買いかぶりすぎじゃ」
「そうかなぁ。ここ数日一緒にいて、私、ディアナが深紅を託す理由も、深紅が凌君を
「へ、へぇ……」
「凌君なら、美桜のこと救ってくれそうな気がする。それに、この世界のことも。誰にも止められなかった暴走を、必死で止めてくれそうな気がする。されたくないかもしれないけど、期待、しちゃうのよね。どうしてだろ。凌君ならきっとできるって、その思いを全部受け止めてくれそうだって、心のどこかで常に思ってしまう。そんな、不思議な気持ちになるの」
まくり上げた袖の下から見える、"我は干渉者なり”の刻印が、ヒリヒリ傷んだ。
あるのかもしれないが、使い切れていない能力――結局、美幸に変えて貰った衣装もそのまんま、どうやって戻したらいいのか変えたらいいかわからず、似合いもしない市民服で過ごしている。
魔法陣だって、テラに教わって描き方は習得したものの、レグルの字が読めず書けず……何となく雰囲気でわかるようにはなってきたが、日本語で文字を刻む始末。
それに、誰かのために、どうにかしたいと思ったところで、俺にできることは限られている。この世界では特になんの権威もないし、知識もない、完全な異端者だ。
一から十まで全部教えてくれるようなヤツなんて、どこにも居ない。それこそ、ゲームの世界みたいに、事件の始まりから終わりまで順追って解説してくれるような親切なガイドも、とりあえず行けば話が展開するというような冒険者ギルドも、ここにはない。空白部分は全部自分の頭で埋めなきゃならないような不親切設計で、俺はただ、ひたすらに闇の中を手探りで歩いているに等しい。
だけど、こんな状態でも期待する人はするらしい。
俺は何にも言い返せず、黙々と掃除した。二人がかりで床がやっと綺麗になり、雑巾とバケツを片付けようと、勝手口から井戸へ。掃除用具を片付けてさて一息と思ったとき、外で不意に、動物の鳴き声がした。
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