45.ディアナの使い
ディアナの使い1
もう、自分がどのくらいここに滞在しているのか、数えるのも
アパートから家具を転送し終えたあと、深紅の姿をしたテラと二人で荷物を運び、美幸の指示で室内に設置した。引っ越しには丸一日かかったが、お陰ですっかり生活感が増した。
足りないものは美幸が頻繁に“向こう”から持ってくるので、こっちはハラハラするやらドキドキするやら。写真立てやドライフラワー、絵画や置物など、美幸は魔法陣から次々取り出しては飾り付けていた。
小さな美桜も、すっかりここでの暮らしが気に入ったらしい。外に出て走り回り、木の枝を振り回してみたり、木の実を拾って並べてみたり、小動物を見つけては追いかけてみたり。小さな子供なら、あんな窮屈な場所にいるより、ずっと楽しいに決まっている。
美桜は俺のことを“お兄ちゃん”と呼び、テラと同じように一緒に遊んでくれる人という捉え方をしてくれた。妹の居ない俺にしたら、何だかこそばゆい存在。この美桜があんな風になるなんてと、とにかく違和感が半端なくて、どう対応したらいいのかしばらく悩んだほどだ。
曇天模様は変わらず、直射日光が差し込むようなことはない。それでも、青々と茂った木々や鳥のさえずりで、なんだか心が安まる気がした。
この世界は曖昧で、何もかもがぼんやりしている。
けれど、目の前にあるこの景色は本物で、ここでの他愛ない会話やみんなの仕草がそれぞれ、愛おしい。
結界のお陰もあって、魔物の侵入もない――こんな、静かな時間を、俺は今まで過ごしたことがなかった。
だから、このあともきっと、何ごともなく日々が過ぎていくものだと、そう信じて疑わなかったのだ。
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森の隠れ家で迎える何度目かの朝。
二階のベッドからのっそり起きて階下へ行くと、誰よりも早起きして朝の支度をしていた美幸が慌てたように俺の名を呼んだ。
「早くご飯食べちゃって。美桜のことも早く呼ばなくちゃ」
美桜が“こっち”に遊びに来るのは大抵朝食後。お腹が膨れて少し眠たくなったころだ。
「どうしたの」
食卓でゆっくりスープをすするテラに尋ねても、何も答えてくれない。
「今日ね、ディアナのところから使いが来るのよ。新しい竜を連れてくるの」
美幸はどうやら浮き足立っているようだ。
そういえばここに来る前、ディアナは新たに一匹竜をあてがうと言っていた。それが美桜の竜になるのだというようなことを。
にしても、竜に酷いことをされたクセに、美幸は竜のことを嫌いにならないのか。娘に半分竜の血が入っているから嫌いになりきれないとか、自分を守ってくれる竜がいるのに嫌いになれないとか、そういう感情的なもの抜きに、彼女は本当に分け隔てなく受け入れている。俺にはとてもじゃないが、真似できそうにない。
ああそれねと相づちを打つと、美幸は頬を膨らませた。
「つれないわね。もっと驚きなさいよ」
こういうところは、本当に幼い。まだまだあどけなさの残る二十歳の美幸は、同級生の母親と言うより近所のお姉さんのような存在だ。一つ屋根の下寝泊まりするようになり、何度変な妄想しそうになったことか。もっとも、彼女は深い眠りに就いてしまうと“向こう”に戻ってしまうようなので、何ごとも起きようがないのだが。
「どんな竜なのかとか、仲良くできるかしらとか、気になるでしょう。ね、深紅」
美幸はにこりと深紅の姿をしたテラに微笑みかけた。
「ま、そうだな。新参にはある程度気を遣うべきだろう」
テラも適当なことを言い、まったりと朝食の時間を堪能している。
「で、どうやって誰が連れてくると? ディアナからコンタクトでも?」
通信手段のない森の奥で、美幸がどうしてそんな情報を手に入れたのか。気になるのは確かにそっちの方だ。
美幸はテラの質問に、鼻息を荒くした。
「そう、コンタクトがあったのよ。ディアナが思念を飛ばしてきたの。なんでも、弟子の男の子を使いにやるから、面倒見てくれって。でも大丈夫かしら。竜を一匹連れて、ちゃんと飛んでこれるかしら」
「ま、ディアナが補助するんだろうからそこは大丈夫なんじゃないの。それよりお腹空いたんだけど」
テラのすすっているスープの匂いがたまらなく美味しそうで、俺は唾を思いっきり飲み込んでいた。
“向こう”から随分多くの追加食材を持ってきてるらしく、台所の棚は前より潤っている。頼めばなんでも出てくるんじゃないかと思えるほど、彼女は躊躇なくなんでも持ってくる。出所を考えると心苦しい気もするんだが、戻るに戻れない俺にしたら、馴染みの料理を味わえるのでかなり助かっている。とは言っても、質量保存の法則が成り立っている世界ってわけでもなさそうだし、実際のところ、“向こう”で彼女の懐が痛んでいるのかどうか、はっきりしないんだけど。
「ところで、野生種って言ってたけど、そうじゃない竜と何が違うの」
美幸が朝食を運んでくるのを待っている間、テラの向かいに座ってそんなことを聞いてみる。
テラはすっかり朝食を終えて、満足そうに深く息を吐いた。
「野生種ってのはまだ
ざっくりとしているが、内容はかなり興味深い。
その、色々なことができるようになった竜の一匹が、人間に化けて美幸をたぶらかしたと。魔法まで使えるとなると、かなり長い間生きている竜ということになる。しかも、数が少ないとなれば、ある程度“この世界”で知られた存在なのかもしれない。
へぇと何度か相づちを打ち、台所に目をやった。温め直したスープのいい香りが、朝の柔らかな空気と混じって、嗅覚を刺激した。
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