時空嵐3

 帆船からエアボートが次々に飛び出し、森へ向かっていくのを見送ってから、俺たちは森へ向かうことにした。大きな車体が一列に並んで砂煙を上げて走って行く様は、なかなかの迫力だった。

 おさとは特に別れの挨拶などしなかった。“あっち”に行けばクラスメイト。否が応でも会うことになる。互いに成果を報告し合う、それだけで十分のような気がした。


「さて、我々も」


 帆船の前には俺たち二人と、エアバイク一台のみ。船内にまだ人は残っているものの、保守要員のみの必要最低限という感じに静まりかえっている。

 よし行こうと、エアバイクに手をかけるが、二人で跨がるのは辛そうだ。

 ジークのときの印象もあって、自分は後ろに掴まっていればいいと思っていた。けど、今回はそうそう楽には行かないらしい。


「君はエアバイクで。私は竜になって空を飛ぼう。おさもそのつもりでバイクを寄越したようだ」


「へ?」


 テラは親指でクイと船の上を指さした。見るとおさが船縁に寄りかかり、こちらを眺めている。


「ま、そういうことだ」


 言うなりテラの身体は光を帯びた。

 長身の男性のシルエットは一度球体に変化し、それから大きく広がっていく。思えば、テラが変身する様子は初めて見る。いつもは気が付くと同化していたり、違う姿になっていたりするんだから。

 光は羽を伸ばし、首を伸ばし、やがて竜の姿になった。パンと光が弾け、黄色の翼竜が現れると、改めてその大きさに息を飲む。コレが今まで人型になって自分の側についていたとは、信じられない。

 テラはバサバサと羽ばたいて上空に舞った。大きな身体が光を遮り、ただでさえ暗い視界が更に暗くなる。竜は船に別れを告げるように空中を数回旋回した。キィと甲高い声を上げて。

 おさが船上で手を振るのが見えた。ホントに竜だったのかと、口が動いていた。

 竜は降下し、エアバイクの直ぐそばまでやってきた。

 俺はヘルメットを被り、バイクに跨がって、エンジンスイッチを押す。大丈夫、一度間近で操作方法は見たんだから乗れるはずだ。

 車体が浮いたのを確認して、地面から足を離す。フワフワとした、独特の乗り心地に慣れるまで、少しかかる。スピードを上げ、砂埃を立てながら、エアバイクは進んだ。


『案外上手じゃないか』


 竜に戻ったテラが脳内に話しかけてくる。


「まぁね」


 自信など全くないが、適当に相づち打って、運転に集中した。バイクの免許なんて持ってない。操作方法はあやふやだ。だけど、イメージで何とかなる世界なら、運転くらいできるだろうという勢いで。

 時速何キロくらいで走っているのか。周りの景色はズンズン後ろへと消えていく。面白いようにスピードが出るのは、車輪がないからだろうか。最初はスピードに目が追いつかずしどろもどろしていたが、徐々に目が慣れ、ハッキリと景色を楽しめるようになっていた。

 地面の草丈が、徐々に増していく。初めはグラウンドに生えた小さな草くらいだったのが、公園の草丈、水辺の草丈までぐんぐん伸びていく。車体に草が絡まぬよう、高度を調整して走る。一面砂の色だった景色が、やがて濃い緑色に変わっていった。

 緑の匂いが強い。

 もう少しで森だ。

 そう思うと、一気に緊張感が増す。

 いよいよ、砂漠を抜けるのだ。


『砂漠と森の間には見えない時空の狭間がある。そこを上手くすり抜けなければならない。自分の行きたい時間軸を強くイメージし続けるだけでいい。簡単な話だ。雑念が入れば、どこへ飛ぶかわからないから、注意しろ。私は君と同じところへ行けるよう、後ろに回る』


 それまで並行に飛んでいたテラが、エアバイクの後ろへ移動した。

 森というのが、木々の生い茂るところという意味なら、もう少しでそこに到達する。背の高い木々が徐々に近づいてきている。

 ぶつからないよう、木と木の間をすり抜けるようにしなくては。バイクは大丈夫だと思うけど、テラはどうだろう。大きな身体が木に当たりはしないだろうか。スピードを落として、慎重に入った方がよいのだろうか。

 もしものときは姿くらい簡単に変えるだろうに――、余計なことを考え、集中力を欠いたのがあだとなる。考え込みすぎた俺は、何度も呼びかける、テラの声に気付かなかった。


『凌、左へ旋回しろ、早く! 早く!』


 ようやく届いた声は緊急を要するもので、運転に不慣れな俺は、ハンドルを左右に振りすぎた。

 スピードも出ていた。

 高速で曲がれば身体が振られるなんてこと、考えている余裕はない。バランスを崩し、尻が浮く。車体が左に傾き、身体が半分、宙に投げ出された。それでもハンドルだけは離さぬよう、ぎっちり手に力を込め――。

 進行方向右の奥に、黒い大きなもやが見えた。天まで届きそうなそれは、オーロラ状に波打ちながらどんどんこちらへと近づいてくる。


『“時空嵐”だ! 呑み込まれたら、飛ばされるぞ!』


 テラが大声で注意喚起するも、そのスピードはエアバイクよりもずっと速い。

 待って、今、体勢を整える。

 身体にエアバイクを引き寄せて、もう一度しっかり跨がってから、加速するから。


『時空嵐は森を砂漠に変えていく。早いとこ逃げないと、逆戻りだぞ!』



――『おぞましい、真っ黒な気配が迫って、目を瞑った。その、次の瞬間……、俺は、砂漠に立っていたんだ』



 ザイルが言ってたのは、これか。

 つまり、時空嵐が彼と仲間を呑み込んだ。ザイルは助かったけど、あとはどうだったのか。

 あんなものに、呑み込まれでもしたら。

 森を抜けるどころじゃなくなる。

 それどころか、美桜の待つ“向こうの世界”にも戻れなくなる。

 彼女は待ってなんかいないかも知れないけれど。ザイルが家族と会えなくなってしまったように、戻る機会を失ってしまいかねない。

 逃げろ。

 早く。

 音も立てずに嵐が近づいてくる。大きな黒い幕が、直ぐそこまで――。


『遅いぞ、凌!』


 わかってる。わかってるけど、人間には限界というものがあってだな。

 歯を食いしばる。腕が千切れそうだ。

 第一、そんなアクロバティックなこと、容易にできるわけない。今はただ、エアバイクに振り落とされないよう、掴まり続けるのがやっとで。


『チッ……、同化するしかないか』


 それで何とかなるなら、そうしてくれ。


『凌、気をしっかり持て。助かると信じ続けるんだ』


 当たり前だ。こんなところでくたばってたまるか。

 けど――、時空嵐はどんどん迫る。テラの同化が、間に合わない。同化したとして、そこから加速したんじゃ間に合わないくらい、嵐は速くて。


 まばたきしている間に、周囲が真っ暗になった。


 光が、ない。

 何も、見えない。

 音も、聞こえない。


 波のようなうねりに、巻き込まれていく。

 バイクから手が離れ、身体が宙に放り出された。



 嵐に、呑まれる。

 身体が、千切れる。



 何もかも、お終いだってのか。


 レグルノーラを救うことも、美桜の真意を知ることもなく、俺は消えてしまうのか。


 なぁ、教えてくれ……。

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