37.最悪の勘違い

最悪の勘違い1

『“逃げたい”という“イメージ”が先行したな。私はガードするつもりだったのに』


 頭の奥でテラが言う。


「攻撃を真っ正面から受けたいなんて思うヤツはいないよ」


 テラに返事し、俺は袖で汗を拭った。

 視界に黄色の竜の羽。背中で動くそれは、テラと同化した証のようなものだ。

 おさの姿をした芝山が剣を下ろしたのを確認してから、俺はゆっくり降下し、甲板に降り立った。


「来澄、なんだその羽……。あの男はどうした」


 当然とも思える質問に、俺はどう答えるべきか悩む。説明して納得してもらえるかどうか。

 羽を畳んで周囲を見回す。どうやらこの姿がとても奇妙に映っているらしく、甲板上の乗組員たちは、腰を抜かしたり震えたりしてこっちを見ている。


「テラは別に逃げちゃいないよ。今は……ここ。俺の中」


 親指で自分の胸を指し、わかるよなと目線を送る。

 おさはサーベルの先をトントンと甲板に何度か叩き付け思案しているようだ。


「どういう、意味」


「テラは元々竜だって言ったろ。攻撃を避けるため、同化した。……できるだけ穏便に済ませたい。話し合おう。テラは口はアレだけど、悪いヤツじゃない。俺があまりにも頼りないから、ああいう態度を取ってしまっただけで、お前のことを否定してるわけじゃないんだ。魔法陣については、本当にありがたい。だけど簡単に向こうに帰れない理由もある。テラが言う魔法陣が正常に働くかどうかに関しては、正直俺にはわからない。こっちの“魔法”についての知識が、殆どないからだ。力はあるのかも知れないが使い方がわからない。だから俺にも芝山のように魔法陣を使って“二つの世界”を行き来できるのか、自信ない。それで、直ぐに返事ができなかった。俺はどうしようもないヘタレだから……。ただ、ここでお前に会ったのは本当に良かったと思ってる。奇跡だ。もし可能なら船で森まで乗っけてってもらいたい。俺の願いはそれだけで、それ以上のことは何も望まない。だから、だから機嫌直してくれよ」


 身振り手振りで必死に弁明。

 これで静まってくれるならありがたいんだが。


「同化……? 聞いたこともない。竜に跨がったり、従えて戦闘したり……そういうのは、市民部隊なんかでも、よく目にした。あの巨体がさっきの男の姿に変化へんげしたというのもにわかに信じがたかったが、竜と同化しただなんてどう受け取ったらいいのか。まさか、侮辱しているのか?」


「……はぁ?」


「その身体の中に、どうやったら巨大な竜が収まるのかって聞いてるんだ。例えここが“向こう”の常識を越えた世界だとしても、納得なんかできるわけがない」


 やりたい放題授かった力を使いまくっておいて、何を今更。

 喉の直ぐそこまで出ていたセリフをグッと飲み込む。

 できるだけ面倒なことにならないよう努力していたはずだったのに。何ごともなくことが進めばって、願うだけ無駄なのか。


「ところで来澄。今の自分の姿、鏡で見たことは?」


 と、おさ


「あ……あるわけ、ないだろ」


 テラとはちょっと前に出会って契約を結ぶことになった。しかも、この砂漠で、だ。無理やり同化して空中戦やらかして。それで気を失って今に至るってのに、そんな余裕あるわけがない。


「お前が“悪魔”……じゃないのか」


 おさはそう言って顔を歪めた。

 甲板がざわめく。皆、口々に何か喋っている。


「悪魔……あれが?」


「アレはさっき砂漠で……まさか」


おさが言うんだ。間違いない」


「あ……、悪魔だ! 悪魔が出た!」


 船員のひとりが腰を抜かし、叫んでいるのが見える。

 次から次へ、俺の姿を確認しては悪魔だ悪魔だと叫んでいる。

 俺は、直ぐに反応ができなかった。


『彼は何を言っているんだ。何故そのような発想に?』


 テラがまた頭の中で喋っている。

 それは……、こっちが聞きたい。なにをどうしたらそう――。


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