二次干渉者4

「レグルノーラは、砂漠に囲まれた世界だ。砂漠が世界の殆どを占める。白い雲で覆われ、太陽の光すら届かないこの世界は、確かにボクらの常識とはかけ離れている。水はどこから来るのか? 何故砂漠の中を船が走るのか? 竜はどんな生態系を持っているのか? 考えてもきっと答えは出ない。なぜならここは――、レグルノーラは、恐らくボクらの住む地球とは全く別の次元に存在する世界だからだ」


 芝山は断定的に、仮定を語り始めた。


「魔法にしたっておかしな話だろ。どう考えても、物理的に辻褄の合わないことばかり起きてる。だけれどそれは、この次元では当然のことなんだ。誰も不思議に思わない。この砂漠の先には何もないという常識、砂漠が時空の狭間にあるという常識を。初めてこの話を聞いたとき、ボクは真っ先に思った。中世における天動説をで行ったような世界が存在しうるのかと。ボクらの住んでいる地球より科学も魔法も発達している世界で、そんなことを真面目に語る人間がいるなんて、滑稽じゃないか。砂漠の先には何かが隠れている。地の果てがあるとしたら、それを見るのも一興かもしれないし、或いは別の都市や森が見つかれば、世界のあちこちに出没する魔物についても、新たな発見があるかもしれない。レグルノーラの人間にそれができないのであれば、ボクがやってやる。そう思って、船を走らせ続けているのさ。ま……、来澄ごとき低脳な人間には、理解し難いだろうけどね」


 フンと、芝山は強く鼻を鳴らした。

 最後の余計なセリフさえなかったら、拍手をしてやりたいところだ。


「ところでさ。崇高な目的はわかった……けど。確か、砂漠では安易に“向こう”に戻れないと聞いたんだが。どうしてるんだ? いくら時間軸が都市部とズレているって言っても、戻る手段がなきゃ、こんなことできないんじゃ」


 すると芝山は、またククッと鼻を鳴らす。


「戻る手段がなければ、作ればいいじゃないか」


「え? どういうこと?」


 仕方ないなと舌打ちし、芝山はすっくと椅子から立ち上がった。

 壁際に並んだ棚の一つ、天井まで届く大きめの書棚の前で芝山は立ち止まり、その横にそっと手をかけた。書棚の一部がゆっくりと後方にずれ、人が通れるほどの隙間が現れる。

 こっちだと芝山は合図して中に入っていく。

 テラと顔を見合わせ、俺も恐る恐る後に続く。

 書棚の隙間を抜けると、そこには小さな空間があった。2畳程度しかない、明かりのない部屋。薄暗く、家具もカーペットも何も置かれてはいなかったが、壁には大きな魔法陣が描かれている。几帳面な字で――しかも、レグルの字で呪文が刻んであった。


「砂漠に出たばかりの頃は、どうやって“元の世界”に戻ればいいのかわからなかった。森や都市とも時空がズレているし、一度出たが最後、思った通りの場所に戻るのは困難だ。数日砂漠をさまよって森に辿り着き、船を下りたところで意識が戻って……なんてことを何回か繰り返した。食料や水分補給のために、定期的に森に戻るようにはしていたけど、効率は悪いし、うっかりすると自分が想定していたのと全然違う時間や場所に戻ってしまいそうになる。だったら、確実に戻れる方法を作り出した方が得策だ。幸い、船には書物が沢山積んであった。そこで魔法陣の書き方を知り、色々試した。今はコレを使って、自分が最後に意識を飛ばした時間と場所へ戻っている。――来澄、君もやってみるか?」


「え?」


「見たところ、かなり長い間砂漠をさまよっていたようだし。ただ、この魔法陣を使って飛んだところで、森を抜けられるわけじゃない。ここから飛んだら、ここへ帰ってくる。そういう風に作ってある。なにせ、ボク仕様だからね。それでも良ければ――使ってみる?」


 思いがけない、芝山の提案だった。

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