砂漠の試練2

 声はかなり威圧的だが、悪い気はしない。

 持っていた布袋を足元に一旦置き、謎の声に従って敵の方に向き直った。

 グネグネと、砂が上下していた。距離は……数百メートル。明らかに距離が縮んでいる。

 にしても、“熱風を乗せる”って、どういうことだ。――いや、考えていても埒があかない。この世界での魔法の使い方なんて、はなからわからない。だったら今まで通り、頭でイメージしたモノをぶつけるだけ。

 右腕を突き出し、左手で肘を支える。大きく開いた手のひらから、熱風を出すイメージを、頭の中で膨らませていく。

 手の中に、一度周囲の空気を集めるんだ。ありったけの熱と、水分、光を凝縮させる。

 肩幅以上に開いた両足でグッと踏ん張り、目を閉じて更にイメージを高める。

 大丈夫、できる。

 集中しろ。なんのために“覚醒”した。“能力の解放”ができているなら、こんなこと、たわいもないはずだ。


『そう、それでいい。私の合図と同時に、力を放出するんだ。いいな』


「わ、わかった」


 地中をうごめくサンドワームの気配が音になって、耳の奥まで響いていた。


『5……4……3……2……』


 ザバァーッと、おぞましい音の波が押し寄せる。

 蟲は、直ぐそこまで来ているのだ。


『――1! 今だ!!』


 声に従い、気を放った。


「……っぅをりゃぁぁぁぁあぁぁぁあああ――――!!」


 反動で身体が後ろに反り、飛ばされそうになるのを必死に堪えて、恐る恐る、目を開ける。

 蟲が。

 大きな牙を大量に生やした、巨大な蟲が。

 俺の放った大きな火の玉を食らって悶えている。

 行けたか?!

 ぬか喜びもつかの間、


『相手はひるんでいるだけだ。デカい剣を出せ。早く!』


 またも声の主が俺を急かす。

 デカい剣……、両手剣か。どのくらいデカけりゃ……、とか迷ってる場合じゃない。持てる限界の大きさ、俺の身長と同じくらいの、幅の広い鋼鉄の両手剣を。

 グッと右手を握る。そこに剣があるのをイメージして。


「出た!」


 デザインイマイチ、どっかのゲームのパクリ剣だけど仕方ない。白い皮生地の巻かれた柄を両手で握り直し、前傾姿勢で蟲に向かい走ってゆく。

 そこから先は、言われなくったって大体わかってる。

 飛び上がり、蟲を斬るのだ。

 高く、高く飛び上がる。見えない階段を上がり、蟲の頭より高く、高く。

 何メートル? そんなのわからない。

 自分の背の何倍、何十倍も上へ、上へ。

 蟲の牙が眼前に見え、一瞬足がすくむ。――すくませてる場合じゃない。


「裂けぇ……ろぉぉおおおおおぉぉ――――!!!!」


 振り上げた剣を思いっきり振り落とした。

 ガツンと、鋼の鎧に当たったかのような衝撃。腕に跳ね返った振動が、身体中を伝う。


「クソッ」


 もう一回。

 今度は下から突き上げる。固い。


『剣に魔法の力を混ぜるんだ。さっきの炎を剣にまとわせろ』


 声は簡単に言う。

 重力に引っ張られ、地面に向かって落っこちそうになるのをグッと堪え、更に数歩、見えない階段を上がった。

 全身びちょびちょで、顔にもダラダラと汗がこぼれてくる。

 息は上がるし、頭も胸も腹も痛い。

 苦しい、辛い。逃げたい。

 ――はずなのに、何故か頭の中は澄み切った空のように晴れていて、謎の声の言う通り、必死になって魔法の力を剣にため込もうとしていた。

 こんなこと、今までなかった。

 追い込まれているってのに、なにを楽しそうに。

 思いながら、剣に炎を宿す。鋼鉄の剣が真っ赤に燃える。これなら行けるかもしれない。


『刻め! 粉々に!』


「わかって……、るって!」


 左上から右下に、剣先を落とす。炎をまとった剣は、サンドワームの固い装甲を驚くほど綺麗に裂いた。


「やた!」


『その調子で、どんどん行け! “強いイメージ”を描けば描くほど、“ここ”ではそれが現実になる。――それが、“干渉者”の“力”だ』


 やれる。

 一度実感したことで、力がどんどんみなぎってくる。

 始めは手応えがあり過ぎて痺れていた手も、少しずつ崩れていく蟲の形と反比例するかのように、痛みを感じなくなっていった。

 グチャッ、グチャッと、茶色い体液が飛び散り、俺の制服を汚していく。粘っこく、生臭いそれは、肌に当たると強い刺激を与えた。

 その上、本体から生えた無数の触手がうねうねと動き回り、俺を捕まえようと伸びてくる。喰おうとしているのか。剣を振り回し、俺は触手を次々に切り落とした。ドチャッ、ドチャッと、蟲の身体は次々と肉塊になって崩れ落ちていった。

 あまりに生々しく、汚い光景。

 普段なら目を逸らしてしまいそうなそれが、今は不思議となんでもない。

 砂から出ていたサンドワームの身体が殆ど千切れたところで、声は言った。


『そこまでやれば十分だ。後は逃げろ。必死で。砂の中には、今切り刻んだ何十倍もの長さの本体が潜んでいる。頭を再生されないうちに、遠くに離れるんだ』


「な、何十倍って――、え? 再生?!」


 ふと力が緩んだ。同時に、見えない階段がなくなり、身体がバランスを崩して真っ逆さまになる。

 落ちる。

 何十メートルか下の地面に防具もないまま落ちたら、俺は。

 両手に掴んでいた剣も、いつの間にか消えた。

 受け身、受け身の体勢をとらないと。背を丸めて、肩をすぼめ……なんて、一瞬でできるわけ。


『――チッ。これだから、放っておけん』


 舌打ちが聞こえた。

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