【7】土曜の朝

20.カフェの待ち人

カフェの待ち人1

 過度な期待は単なる迷惑だ。

 俺はあくまでただの一般市民であって、彼女が言うところの“救世主”になり得る器じゃない。

 第一、少しずつ“干渉能力”が開花してきたとはいえ、自分でしっかりコントロールすることもできないのだ。暴発気味で不安定で、頼りないし自覚もない。こんなやつを頼ろうというのがそもそも間違っている。

 いわゆる“救世主”とやらに必要な実行力や決断力が備わっているわけでもない、単なるモブの一人に、あの世界が救えるのか。美桜がいなきゃ何もできない、役立たずだってのに。


 彼女は俺の手を握り、「私の目に狂いはなかった」と口角を上げた。

 潤んだ瞳に、俺は何も言い返すことができない。俺はただ困惑の表情を向けるだけ。否定したらきっと悲しんでしまう。

 そう思うなら思わせておいた方がいいのだろうか。

 その方が、二人の微妙な関係を維持できるのだろうか。

 俺の思惑と彼女の思惑は交錯しない。

 “干渉者”という共通事項をどう捉えているのか。

 お互いの考えがすれ違ったままでも何とか保っている関係。

 この関係が崩れてしまったら彼女はどんな辛い顔を見せてくるのだろうかと思うと、今はとりあえず、彼女の変な期待に応えていくしか選択肢がないのかもしれないと、俺は自分に言い聞かせるしかなかった。





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「土曜の朝、“あっち”で待ってる。場所は、いつもの小路から見える通りの一本向こう、黄色い看板のある雑居ビル。小さなカフェがあるから、そこで」


 学校からの帰り道、美桜は別れ際にそう言った。

 外はすっかり真っ暗になっていて、街灯の明かりが柔らかく辺りを照らしている。遅くまで部活動を続けている合唱部や吹奏楽部の部室から、まだ少し音と光が漏れていた。

 彼女は丘の上の高級マンションに、俺は坂の下の住宅街に向かう。学校から出て百メートルほど歩いた交差点で、俺たちは二手に分かれた。

 彼女が交際宣言をしてから初めて一緒に校門を出たというのに、この虚しさは何だ。

 いろいろあった一週間が終わり、美桜は何を感じているのだろう。彼女の表情からは特に何も感じ取れない。

 唯一わかったのは、彼女が俺の“力”を歓迎していること。そして信じ切っていること。

 週末も“向こう”に行かなければならない。

 でも、どうやって?

 “ゲート”でもないところから、俺はどうやって“向こう”に行けばいいんだろう。

 肝心のことを聞きそびれてしまった。

 彼女はきっと待ち続ける。俺が来るまでずっと、黄色い看板のあるビルのカフェとやらで待ち続ける。

 どうしようか。

 そればかり考えて、その日はゆっくりと眠ることができなかった。





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