どうすれば4

 まさか。二人っきりで見つめ合って意識を飛ばしている間のことはわかりようがないけど、それさえも見られていたとしたら。俺たちが飛んだのを確認して、相手も“レグルノーラ”へ悪意をもって“干渉”していたとしたら。


「決していい状況じゃないわ。相手が誰かわからないけど、私たちの行動を把握することができる人物でしょうね。つまり、学校の中の誰か。生徒かもしれない、先生かもしれない。更に、もし無意識的に“干渉”しているなら、最悪」


「なんで?」


「無意識的な場合は、本人の深層意識の中で“干渉”している場合が多いからよ。本人は“裏の世界”の存在は知らないし、“干渉”しているつもりもない。表面的にはマイナスの感情を全く見せない代わりに、心の中では煮えくりかえるほどの悪意を持っている。そんなの、どうやって見つけ出したらいいと思うの」


 厳しい目が向けられる。

 俺には何も言い返すことができない。

 飯田さんの作ってくれたケーキを、フォークでそっと崩した。大ぶりのイチゴがのったショートケーキ。相当気合いを入れて作ってくれたらしく、まるでお店で売っているような美しさがある。口に含むと、イチゴと一緒に隠し味のレモンの匂いが広がった。甘酸っぱい。だが、繊細で優しい味。

 美桜は、本当に困っているのだ。だから俺を呼んだ。

 今まではどうしていたんだろう。俺をスカウトする前、一人で“干渉”していたとき、何か問題に直面したら、彼女は“この世界”で誰を頼っていたんだろう。

 飯田さんに全部話しているとは到底思えない。いくら美桜の母親が“干渉者”だったからって、飯田さんにどこまで理解できていただろうか。

 気丈に振る舞っていても、その細い肩はどこか頼りない。誰かが支えてやらなければ砕けてしまいそうだ。

 例え彼女が俺のことを表面上でしか彼氏扱いしてくれないとしても、俺は彼女を守っていくべきだ。誰のことも信頼できない、誰にも自分のことを話すことができない彼女が、生い立ちや自分の置かれている立場まで話してくれているんだから。

 フォークを皿に一旦置いて、紅茶をすする。それから両膝に手を置いて、深く息を吐いた。


「どうればいい。さしあたって、俺たちはどうすればいい」


 俺にしては珍しく能動的な発言だった。

 今までは、ずっと美桜の指示通りに動いていただけだったが、彼女と“レグルノーラ”を守っていくために俺が動かなければならないという思いで、そう切り出した。


「どうにかして、“悪魔”を見つけ出すことね。“干渉者”特有の“臭い”に気が付けば一番だけど、そんなものアテにならないわ。まずは周囲に気を配ること。怪しい人物をピックアップして、一人一人虱潰しに当たってみるしかないでしょうね」


「む……難しいな……」


「ええ。ものすごく難しいことだと思うわ。第一、見当すらついていないんだもの。凌は男子と、男の先生を探って。私は女子と、女の先生を探る。連絡は常にレグルノーラで取り合う。相手に情報が筒抜けるのを防ぐためよ」


「つまり、授業中に飛ぶのを習慣づけろってこと?」


「そう」


 結局、そこに行き着くのか。

 俺は頭を抱え、大きくため息をついた。

 苦手なんだ。授業中の短い時間に飛ぶなんて、できそうにない。


「強くならなきゃ勝てないわよ」


 組んだ腕をテーブルに載せ、前屈みになって美桜は言った。


「今の凌は“レグルノーラ”でイメージを“具現化”させる力が、圧倒的に弱すぎる。想像力を高める訓練が必要ね。そしてこの間も言ったけど、いつでも“レグルノーラ”に飛べるようにならなきゃ、意味がない」


 それは、前にも聞いた気がする。


「急激に強くなる方法……って、あるのか。短期間で強くなる、効率的な方法とか」


「残念だけど」

 姿勢を戻しながら美桜は、短く息をつく。


「そんなもの存在しない。ただ言えるのは、“レグルノーラ”では“心の力”が強く影響する。強くなるためには、“精神力”と“想像力”を高めていくしかないと思うわ」


 結局、振り出しに戻った。

 そりゃそうか。ゲームじゃあるまいし、簡単に強くなれるアイテムや方法なんて存在するわけない。努力と訓練だけが道を開くってヤツか。


「でも……、全く、方法がないってこともないわね」


「えっ?」


 ガバッと顔を上げて、美桜を見た。

 彼女はにたりと不敵な笑みを浮かべ、


「でも、できるかしら。確か凌って、芸術選択は美術だけど、センスも成績も最低だった覚えがあるわ。それに、この間はっきりしたけど、あなたの想像力はあまりにも貧困すぎて。残念ながら普通の干渉者と比べても“具現化能力”が著しく欠如してるわけだし、これが功を奏するかどうか、やってみないとわからないけど」


 ……痛いところを突く。


「悪かったな。どうせ俺は干渉者には向いてないよ」


「それでも“力”はあるんだもの。やってみる価値はあると思うの。ものの形を覚える訓練、頭の中でものの構造を映像化する訓練を、日常生活でも行うようにすれば……、あるいは効率的に“具現化能力”を高めることができるかもしれない」


「つまり、どういう」


「武器や兵器の知識、戦闘における身のこなしの知識を、よりはっきり“イメージ”として脳内に浮かび上がらせるための訓練をするのよ。よりはっきりした“イメージ”を“具現化”できれば、“干渉者”としてのランクがグッと上がるんじゃないかしら」

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