ウォタにようこそ
「さぁ、ここがウォタだ」
「人がこんなにいっぱい……!」
人々の行き交う大通り。道端には風呂敷を広げた露店や軽食を販売する出店などが点在している。大通りの先にある広場には噴水も見える。
ブラオは見慣れない光景を物珍しく感じた。
普段、魔物の巣窟で働いている彼女は人間の居住区に来たのは初めてであるから無理もない。
「ご主人様、何だか楽しそうなところですね……ってご主人様、何してるんです?」
辺りを見回すアーベント。
「あれも違う、これも違う、あの娘は……うーん、惜しいな」
早速自分好みの女性を探しているようである。しかし、なかなか目当ての者は見つからない。随分と選り好みをする男だ。
「ん? アーベント殿、どうしたのだ?」
「あっいえ! なんでもありません!」
リーゼに怪しまれる前に、ブラオは何とか誤魔化そうとした。
「ほら! ご主人様も行きますよ!」
「うおっ! いきなり引っ張るなよ! 服にシワが出来るだろが!」
メイドに服の襟を掴まれたまま引きずられていくアーベント。
《*》
「というか、ご主人様。結構こだわるんですね、正直面倒くさい性格です」
「馬鹿を言うな。俺の初体験がかかってるんだ、こだわるに決まっているだろ」
リーゼの背後で、内緒話をする二人。
傍から見れば、少し怪しく見える。
「なんだぁありゃ?」
「リーゼ様のストーカーかしら」
「それだったらとっくに斬り捨てられてるよ」
「じゃあご友人……なのか?」
気づいた人々が噂をするが、二人は特に気にも留めずに話しながら付いていった。
《*》
「そして、これがウォタ湖だ」
「わぁー!」
視界いっぱいに広がる広大な湖にブラオは目を輝かせた。
日差しに照らされて、湖は一際輝いているように見えた。
「あ、湖に大きな白鳥が!」
「ああ、あれは本物ではなくて白鳥を模したボートなんだ」
ブラオの指差した方向を見て、リーゼが説明する。
ウォタは観光業が主要産業の一つであり、湖を進むスワンボートの貸し出しが旅人に人気だとか。
「デートスポットとしても有名なんだ」
「デートですかぁ」
デート。その言葉を聞いてブラオはふと思い浮かべる。自分と主があのボートに一緒に乗っている様子を。それを考えて顔が赤く染まる。
「あ、わわ。私ったら何を考えてるの、私はただのメイドなのに」
「なんだか楽しそうだな……あちち」
何かを口に頬張りながら呟くアーベント。その手には箱入りの球状の食べ物があった。
「あ、いつの間にそんなものを買っちゃって!」
「タコヤキというものだ。少々熱いが……たまには魔力がないものも美味いな!」
アーベントの後ろ側にはタコヤキの屋台があり、店主の男性が調理しているのが見えた。
「俺も彼女が出来たらアレに一緒に乗ってみたいもんだ」
「ははっ、是非とも来て貰いたいものだ」
リーゼがタコヤキ屋に話しかける。
「店主、私にも一つ頼む」
「あいよ! ちょうど今出来立てがありますぜ!」
店主が差し出したタコヤキを受け取るリーゼ。
「ふー、ふー、あむっ……むぐむぐ、うん、やはりタコヤキはいいものだ」
「そう言って貰えるとこちらも嬉しいですぜ……ところでリーゼ様?」
「どうした?」
「リューネ様の……ご様子はいかがですか?」
店主は心配そうしていた。
それを聞いてリーゼの顔も険しくなる。
「ああ……今のところは変化はない。相変わらず部屋に閉じこもったままだ」
「リューネ様が顔を見せなくなって一週間、いったいどうしちまったんですかね……俺らだけではなくリーゼ様や王様にまでだなんて」
「わからない。しかし頭のいいあいつのことだ、きっと何かがあるはずだ。私はあいつを信じてもう少し待ってみようと思う」
「そうですか……俺もこの店にリューネ様がまた顔を見せてくれることを信じてみます。リーゼ様もどうか気を付けてください。最近は悪い魔物だけではなく、妙な連中もやってきたという噂もありますし」
「ああ、ありがとう。馳走になったな」
店主に食べ終わって空になった容器を手渡し、屋台から離れるリーゼ。その凛々しい顔はどこか浮かない。
「はぁ……」
溜息を零すウォタの王女。
「んー? どーしたどーしたー?」
「はっ、アーベント殿!? いや、これはその」
不意に顔を出してきたアーベントに驚き、少し取り乱すリーゼ。
この男性は悪い人間ではないと思うのだが、飄々として掴みどころがない。真面目なリーゼはこの雲のような男の性質を掴みかねていた。
「聞いたぞ。この国にはあんたの他にリューネという王族がいるらしいな」
「あっ、先程の話を聞いていたのか!?」
「ごめんなさい! 盗み聞きするつもりはなかったんです、ただ気になってしまって……ほら、ご主人様も」
「いて」
ブラオが頭を下げて謝る。ついでにアーベントも頭を下げられる。
「いや、別にそれは構わないよ。今この国はその話題で持ちきりだからな、いずれは貴方達の耳にも入っただろう」
「そうだったのか」
リーゼは改まって話し始めた。
「リューネはこのウォタの第二王女……私の妹だ。一週間前、突然部屋に閉じこもってしまったんだ。話しかけても返事がないし、部屋に入ろうとしても鍵穴に封印魔法が掛けられてしまい、私達ではこじ開けることもできないのだ」
「封印魔法?」
「ああ、あいつは私が剣の腕を磨いているのに対して、魔法の研究を主に行っているんだ。今ではこの国で最も魔法に精通しているといってもいいだろう。元々インドア派だったとはいえ、ここまでするような奴ではないはずだったんだがなぁ……」
頭を抱えるリーゼ。姉である自分が妹の問題を解決することができないことをもどかしく感じていた。
「そうか、事情は分かった」
アーベントはある場所を見つめた。その視線の先にはウォタの城があった。
そのまま歩き出す。
「あ、あのアーベント殿? どちらへ?」
リーゼが不安げに尋ねる。
「ああ、あんたの妹に会いに行く」
「えっ」
「乗りかかった船だ。俺がそのリューネを説得してやるよ」
「……アーベント殿……!」
リーゼの表情が明るくなった。
「ま、待ってください」
歩きながらブラオがアーベントに耳打ちする。
「いいんですか? そんな安請け合いしちゃって」
「王女っていうのは大抵美人と相場が決まっているからな。リーゼの妹なら期待できるだろ!」
「……はぁ、やっぱり下心全開でしたか。あまりリーゼさんに迷惑かけないで下さいよ」
足取り軽く城に向かうアーベントに対して溜息を付きつつも、ブラオはそんな主人に付き添っていった。
《*》
「お帰りなさいませ、リーゼ様。おや、そちらの方達は?」
「ああ、客人だよ」
「これは失礼しました。ようこそ、ウォタ城へ!」
リーゼに案内され、城門を抜けるアーベントとブラオ。
道中、中庭に差し掛かった時のことである。
正面から誰かが歩いてきた。
「これはこれは、リーゼ様。お帰りになられましたか」
「ああ、ただいま、ギラルド」
先程の兵士に似た服装だが細部が異なり、身なりがよく見える。このギラルドと呼ばれた男は彼らより高い地位にいる家臣なのだろう。
「ギラルド、こちらは旅人のアーベント殿とそのお付きのブラオ殿だ。彼らを謁見の間まで連れて行こうと思うんだ」
「ほう、そうでしたか。旅のお方よ、私はギラルド。ウォタの兵士長を務めております、以降お見知りおきを」
「お、おう」
「では、私はこれにて」
話し終わるとギラルドは通り過ぎて行ってしまった。
「んー……」
「ご主人様、どうしました?」
ギラルドが去っていった方角を見つめるアーベント。それを不思議に思ったブラオが尋ねた。
「あのギラルドという男……どうも只者ではないな」
「そうなんですか?」
「ああ、なんだろうな……説明するのも難しいが……」
「おお、お目が高いなアーベント殿」
その様子を見てリーゼが話しかけてきた。やけに自慢げに。
「ギラルドはな、5年前に彗星の如くウォタに現れて、その実力で瞬く間にウォタの兵士長まで上り詰め、数々の凶悪な悪党を成敗してきた凄い奴なんだ」
「やっぱりな、俺の勘は当たる」
アーベントも何故か自慢げである。
「それはそうと、あの先が謁見の間だ。父上もそこにいるだろう」
「まずは王様とご対面か」
「どんな人でしょうね」
中庭の先に見える大広間、その先の通路のさらに先にある扉を抜ければ謁見の間に辿り着く。アーベントとブラオはリーゼに連れられて歩いて行った。
《*》
「父上、ただいま戻りました」
謁見の間に入り、報告をするリーゼ。しかし―――
「王様いなくない?」
「いませんねー」
やや広めの部屋の奥にある玉座には誰も座っていなかった。
もしかして入れ違いか?
そう思ったアーベントだったが―――
「っ!?」
突如、玉座の前に上から光が降り注ぐ。
「スポットライトですね」
冷静に分析するブラオ。しかし、怪現象はこれだけでは終わらなかった。
「なんだ、この曲は!?」
突如部屋全体に流れ出した謎のBGMにはさすがのアーベントも不意打ちだった。
「イントロからして演歌っぽいイメージですかね」
これまた冷静に分析するブラオ。
「あっ父上」
「えっ」
リーゼが上を見上げる。アーベント達がその視線の先を追うと―――
「ハァァァァァ――――――――ィ!!」
妙にテンション高い壮年の男性が、奇声を発しながら天井に空いた穴から降ってきた。
「ご主人様、空からおじさんが!」
「そうくるかぁ……」
怒涛の謎演出にアーベントもただ呆然とするしかなかった。
カオスロード おめが(っ'ヮ'c) @omega-force17
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