魔王とメイド散歩、そして第一国民(?)発見


「今日はいい天気ですね」


「おう」


見晴らしのいい平原を歩く魔王アーベントとメイドのブラオ。

ブラオはすっかりピクニック気分であるが、アーベントはやや怪訝な顔をしていた。


「しかし、どうやって人間の女を手籠めにしたものか」


そういえば手段を考えていなかった、彼はそのことを思い出していた。


「そうさなぁ」


隣にいるブラオを見る。

彼女は機械だが人格は女である。自分が知りたいことを答えてくれるかはわからないが参考にはなるかもしれない。

アーベントは尋ねてみた。


「なあ、女ってどういうのを好むんだ? 例えばお前なら何が好きなんだ?」


するとブラオはこう答える。


「そうですねぇ……私は朝一番に取り込む太陽光が好きですね。何というか、さわやかなんだけど甘くてとろけるというか……満たされる感じなんですよ」


……ダメだ。太陽光なんて全然参考にもならない。

アーベントはブラオに期待したことを少し後悔した。

しかし―――


「あっ、でもでも。この前、近所の友達とお話ししましてね。その子は女の子の魔物なんですけど、その子も甘いものは好きだって言ってましたよ。たぶん、女の子なら種族問わず甘いものを好むのではないでしょうか」


「何っ?」


ブラオの続けた言葉によってその認識を改めることとなった。


「そうか……甘いものか。仕方ない、俺のおやつになる予定だったこのアメちゃんに犠牲になってもらうしかない」


魔力を元にして作った棒付きキャンディ。おやつ用にアーベントは懐にしまっていたのだ。

いざという時はこれを頼ろう。


「ところでウォタってどんなところなんですか? 私はいったことないですが」


「そうだなぁ……俺もエロ本買いに数回行ったが、なかなかいいところだったと思うぞ。あそこの書店はな、ラインナップが凄いんだぞ。俺のお墨付きだ。様々な作家の作品があってな、どれにするか迷うことも少なくない。まあ……さすがの俺でもドン引きするような特殊性癖なブツも結構あるけどな」


「それ国じゃなくて書店のえっちな本のことばかりじゃないですか! もー!」


そんな他愛もない話をしてると、前方から何かがやってくるのが見えた。


「ん? なんだありゃ」


三人組のようだ。小さい奴と中くらいの奴と大きい奴が走ってくる。


「ヒャッハー!」


「旅人だー!」


「お、襲うんだな」


緑色の肌をした、明らかに魔物だとわかる姿。

小柄な小鬼はゴブリン。ナイフを持っている。

大柄の巨漢はトロール。棍棒を肩に担いでいる。

間に挟まれたごつい男はオーク。槍を携えている。


三人はアーベント達の前に立ち塞がった。


「ようよう兄ちゃんよぉ!」


ゴブリンが話しかけてくる。


「ここから先を通りたかったら持ち物全部置いていきな!」


オークが威圧するように続けた。


「嫌なら、捻りつぶすんだな。わ、悪く思わないで欲しいんだな」


最後にトロールが締めた。


「わ、ご主人様、変な方達が来ましたよ」


ブラオが困惑した様子で主人を見上げる。


「……お前ら、俺が誰なのかがわからないのか?」


心底面倒そうな顔をしつつアーベントは言った。まさか魔王である自分に喧嘩を売ってくる魔物がいるとは考えていなかったらしい。

アーベントは確かに魔王である。だが、魔王の称号を貰ってからまだたったの一年しか経っておらず、しかもアーベント自身が魔王城に住む魔物以外と接触する機会がなかったため、魔王としての知名度はとてつもなく低い。故に魔王城周辺の魔物ですら知らないのも無理もない話だ。


「そんなもん決まってらぁ! こんなところに丸腰で歩いているような奴は格好のカモってことだよ! ヒヒヒ!」


「そうだ。それともやるっていうのか?」


「や、やめた方がいいと思うんだな」


なおも強気な態度を崩さない三人の魔物。

案の定、アーベントのことなど知らないようだ。


「はぁ……しょうがないな」


溜息をつき、手招きをするアーベント。


「ほれ、さっさとこい」


「上等だてめぇ!」


まずはゴブリンが飛びかかる。ナイフを振り下ろす。

アーベントは軽々と避け、片手でゴブリンの顔面を掴んだ。


「……」


「うぎゃあぁぁ!」


ギリギリと握りしめられて苦しむゴブリン。


「や、やめるんだな」


トロールが巨大な棍棒をアーベントの頭上めがけて振り下ろす。当たればひとたまりもないと思える勢いだ。

それを察知したアーベントは掴んでいたゴブリンをトロールに投げ飛ばした。


「うきゃっ!」


「だなぁっ!?」


飛んできたゴブリンにぶつかったトロールはバランスを崩し、仰向けに倒れた。


「悪いな、俺は喧嘩は負け知らずなんでな」


アーベントは、余裕と言わんばかりに佇んでいる。


「くっ! なめんなぁ!」


オークが槍を構え、突進してくる。

アーベントはそれに対して、避ける素振りを見せるどころか相手の方へとゆっくり歩いていく。


「くたばれぇっ!」


槍がアーベントを貫こうとする。

しかし―――


「はぁっ!」


「ぐはっ!」


槍が届く前に、アーベントの回し蹴りがオークの脇腹に直撃した。

横に吹っ飛ばされるオーク。

アーベントの背後からは体勢を立て直したゴブリンとトロールが再び迫る。


「よくもやりやがったなー!」


「も、もう容赦しないんだな」


アーベントは精神を集中させた。

右手と左足に魔力を集めた。そこから淡い光が浮かび上がる。


「でやぁっ!」


肉薄してきたゴブリンの小さな体に左足のキックを叩き込む。

その後、即座にトロールに向き合い、その肥えた腹部に右手でパンチを放つ。


「ぐぎゃあぁっ!」


「んだなぁっ!」


二人の魔物が背中から倒れこむ。

彼らはすぐに起き上がろうとするが―――


「う……嘘だろ、オイラが……ぐはぁっ!」


「や、やられちゃった……んだなぁっ!」


再び膝をつき、倒れこむ。

そして次の瞬間、二人の魔物は爆発し跡形もなくなってしまった。


「な……そんな馬鹿な!?」


まさかろくに武器も持たない男に仲間がやられてしまうだなどと夢にも思っていなかったであろうオーク。アーベントが魔王であることを知らなかったのが彼らの不幸と言える。


「おっ、このトロル結構な金額持ってるじゃねーか」


魔物達が消滅した後を物色するアーベント。オークへの興味を失ったかのようだ。

オークはこのタイミングを見逃さなかった。


「くそっ!」


オークはその場から一目散に逃げだそうと、アーベントに背を向け走り出した。


「あっ」


アーベントが気づいた時には既に距離は離されていた。

オークは振り向いて後ろの男との距離を確認しつつ、このままいけば逃げ切れるだろうと確信した。

しかし、それ故に目の前に現れた影に気付くのが遅れてしまった。



「えっ」



オークが気づいた時には、自分の腹部に剣が深々と刺さっているのが見えた。


「ご、がぁっ……!?」


剣を持っていたのは薄紫の髪の女性だ。着ている服はドレスのようだが、戦闘用を想定しているのか鎧のように籠手や胸当ても着いている。

女性が剣を引き抜き後ろに下がると、オークはその場に倒れ伏した。

オークに背を向け、剣を振って付着した血を払う。そして腰に掛けた鞘に剣を完全に納め終わったと同時に、オークは爆発を起こして消滅した。


「お尋ね者の魔物、これで一匹目か」


女性はそう呟くと、アーベント達の方を向いた。


「怪我はないか?」


「あ、ああ」


突然現れた女性に呆気にとられていたが、すぐに調子を取り戻した。


「あんたは?」


「私はリーゼ。ウォタの第一王女だ」


「えっ」


まさかの人間最初のエンカウントが王族となった。さすがのアーベントもこういう展開は想定していなかった。しかもこの王女はかなりの美人と来た。ますます対応に困ってしまう。


「そ、そうか。俺はアーベント、旅の者だ」


とりあえず表面上は平静を取り繕う。


「そして、私はブラオです。アーベント様の専属メイドです!」


アーベントの背後から顔を出してリーゼに挨拶するブラオ。


「旅人か、魔物に襲われて災難だったな」


「しかし王女様にこんなところで出くわすとはな……」


「ん? そんなに珍しいものか? 私は結構外出はするぞ」


リーゼが首を傾げる。どうやらアウトドア派な王女だったようだ。


「それに私は今お尋ね者の魔物の討伐のためにここを調査している。先程のオークの他にゴブリンとトロールがいたと聞いたが……」


「ああ、それならさっき俺が倒した」


「何?」


アーベントはトロールとゴブリンが爆発した場所を指し示す。そこには棍棒とナイフが落ちていた。


「あいつらの武器」


「むっ……確かに目撃情報通りのものだ」


リーゼが頭を下げる。


「旅人よ、協力に感謝する」


「気にするな、降りかかる火の粉を払っただけだ」


好感度が上がっているようで最初の掴みはバッチリだと、アーベントは確信した。相手が王族とくれば、好印象を与えておけば後々都合がいいかもしれない。そんなことを思いつつ話を進めた。


「ところで貴方達はどちらに行かれるつもりか」


「ウォタ、あんたの国だな」


「そうか」


リーゼは口元に微笑みを浮かべた。


「では私に案内役をさせて貰ってもよろしいか?」


「何っ、いいのか?」


「貴方は結果的に魔物退治に協力をしてくれた。是非もてなさせてくれ」


「ああ、頼む!」


アーベントが美人からの誘いを断るわけがなかった。折角だから大船に乗った気分でいようと彼は考えた。


「ここから少し歩けばすぐ着くぞ。こっちだ」


リーゼは二人の前に立ち、歩き出した。

アーベントとブラオはその後を歩く。


「初めてだな、王族にはまだ出会ったことはなかったんだ。まあ、今まではエロ本を買いに行ってただけだし会うわけもないか」


「ねえ、ご主人様」


ブラオがアーベントにそっと耳打ちしてきた。


「もしかして……あの人を城に連れて行こうとか考えてません? いきなり押し倒しちゃったりしたらいくらなんでも……」


「あー……それもいいなとも思ったが」


アーベントは小声で答える。


「あいつも結構俺好みなんだが、もう少しむちっとしてる方がよかったな。胸はそれなりに大きいけど、どちらかと言えば美乳になるな」


「どうして服の上からそんなのわかるんですか?」


「透視の魔法をこっそりと発動させてたのさ、覚えててよかったなぁこれ」


「もー! 魔法をそんなことに使っちゃってー!」


ブラオは頬を膨らませてご立腹だ。


「あー、ちなみにあの王女の下着の色は白……」


「そんなこと教えなくっていいです!」


二人で内緒話していると、前を歩いていたリーゼが振り向いた。


「二人共、置いていくぞー!」


いつの間にかリーゼとの距離が離されていることに気付いた二人は慌てて走り出した。


「ちょ、待てよ!」


「置いてかないでー!」


走りながらもアーベントは、まだ見ぬ自身の獲物に心躍らせていた。






《*》






―――水の国ウォタ。王族が住まう居城。


「うぅっ……」


その一室に一人の女性がいた。

何かを堪えるかのように、どこか苦しそうに蹲っている。


「はぁ……はぁ……」


長い紫髪がすっかり乱れ、息も荒い。


「私の身に……何が……」


横たわり、部屋の天井を見上げる。


「でも、こんなこと……お父さんと姉さんには話せない」


自身の体に起きた異変のことは既に自覚してしまった。だが、彼女はそれを認めたくなかった。そして、誰かに話しても大変なことになってしまうことを自覚していた。


「助けて……誰か……」


誰も頼れないとは思いつつもそう願ってしまう。

重い体を引きずり、彼女は外に映る景色を見つめた。


自分を救うものへの少しの期待をこめて。

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