童帝

「でさぁ、何するか考えてみたんだけどさ」


朝食の魔力オムレツを食べ終わったところでアーベントが口を開く。


「女が欲しい」


「ふむ」


ゲッカーが首を傾げる。


「それはまたどうして」


「いやまあ、そろそろさあ、彼女が欲しいじゃん? エロ本読んで気ままに抜く今の生活も嫌いじゃないんだけどさぁ、本物の女ってどんなもんだろうなぁって思っちゃってさ」


それに対して異議の声が上がった。


「アーベント様、破廉恥ですぞ! 魔王の二つ名を持つ者がそのようなことなど!」


発言者は、食事中でも全身を甲冑で身を包んだ騎士、マーキスだ。


「うるさいなぁ。一生童貞で、今は息子すらない奴に言われたくないよ」


「どっ!? どどど童貞とは失礼な!?」


「気にしてんのかよ」


同様のあまり兜が吹っ飛び、首無しになった鎧が抗議する。

アーベントに仕える騎士、マーキス。その鎧に中身はなく、鎧そのものが彼自身である。

かっては人間だったが、戦場で非業の死を遂げた際に彼の無念が鎧に乗り移り、リビングアーマーとして生まれ変わったという。その後にアーベントの父親がスカウトしたんだとか。ちなみに独身のまま生を終えたという経歴のため、アーベントからはすっかり童貞扱いである。


「違うもん……私は童貞ちゃうもん……出会いに恵まれなかっただけだもん……」


部屋の隅っこでいじける甲冑。一般的な騎士のイメージとのギャップが激しい構図であるが、アーベントは気にも留めなかった。


「まあ、タマ無しは放っておくとして……前から思ってたけど大体この城さぁ、華が無さすぎるだろ! むしろおぞましいわ! トカゲに彷徨う鎧に……それと骸骨!」


アーベントの視線の先に、椅子に座っている浅黒い肌の男性がいた。


「ヘイヘイ! 俺達じゃ不満だって言うのかYo! アーベント様Yo!」


無駄にテンションが高く、やけにノリノリで喋るこの男の名はボブスキー。

当然ながらこいつも魔物であり、こう見えて高位のアンデッドのリッチという魔物である。

生前はとある異民族の司祭だったが、病に倒れてそのまま命を失った。しかし、死の直前に彼は自分に呪いをかけており、死後アンデッドとして蘇ることができた。その後彷徨った末に倒れていたところをアーベントにお持ち帰りされて以来この城に住み着いている。


「てめぇは毎晩毎晩外で何はしゃいでんだよ! やかましいわ!」


アーベントがフォークを投げつけると、ボブスキーの脳天に直撃した。


「Oh!」


そのまま椅子から飛び出し、後ろに投げ出される。すると、その姿が揺らぎ、法衣を纏った骸骨に変化した。


「ひどいよアーベント様、ありゃ俺の呪術だぜ! 死んでも死にきれない未練を沈めているんだぜ!」

「んなもん知るか!」

「アーベント様も死んでみりゃ分かりますぜぇグヘヘヘヘ! 俺と一緒に死のうぜ!」

「やだ!」


アーベントとボブスキーが騒いでいるのを横に、ブラオは不服そうに頬を膨らませていた。


「むー、ご主人様ってば華がないなんてひどいですよー。私というものがありながら」


ブラオは見た目は小柄で愛らしい少女だ。傍から見れば彼女の主人の発言は的外れに聞こえるだろう。しかし―――


「ブラオや、貴方はロボット生命体だと聞いておりましたが」


ゲッカーが横からそう告げる。


「そ、そんなこと些細な問題ですよ!」


両腕をぶんぶん上下させながらブラオは反論する。

背中からソーラーパネルを出して、窓から差し込む日差しで充電するメイドなんて、アーベントは性の対象とは見ないだろう。ゲッカーは心の中でそう思ったが、かわいそうなので思うだけにした。知らぬが仏もリザードマン紳士の心得である。

ブラオは正確には魔物ではなく、意思を持った機械である。

科学の発達した国で創られた家庭用機械兵であり、アーベントの16歳の誕生日の時に父親からプレゼントとして贈られたものだった。以来、アーベントの専属メイドとして仕えている。


「とにかく! 俺は性行為がしたいんだあぁ―――――――っ!!」


大声でとても恥ずかしい宣言をするアーベント。とてもじゃないが魔王が語るような言葉ではない。まるで男子中学生だ。

ゲッカーは何事もなかったかのように佇み、マーキスは相変わらず隅っこでへこみ、ボブスキーは興味深そうにアーベントを見つめ、ブラオは主人の言葉に顔を赤くしていた。


「そ、そんな恥ずかしいことを大声で言っちゃダメですよぉ……」


ブラオがアーベントを諫める。


「お前らがあまり乗り気じゃないからだろ」


「ご主人様……もし性欲が溜まっているのでしたら私がしてあげてもいいですよ? 私は生殖機能はないですが、性具としての機能なら……」


「あー? パス。俺は天然物がいいの。後、幼児体系には興味ない」


思い切ってアーベントに提案するも、あっさりと断られて膝が崩れ落ちるブラオ。その目からは涙(排水機能によるもの)が零れ落ちる。


「うっ……ひっく……」


ブラオのすすり泣きにも動じないアーベントにボブスキーが尋ねる。


「それでヘイヘイ! アーベント様の好みの女性ってなんだYo!」


アーベントは口元に笑みを浮かべながら答えた。


「まずは顔が可愛い、美人であることが最低条件だな。こればっかりは譲れん。次は肉付きは良い方がいいな。柔らかそうな奴が好きだ。しかし、太り過ぎてはダメだ。俺なりに理想のバランスというのがある。それとでっけぇおっぱいが揉みたい。張りがあって弾力性があるんだろうな、それでいてふかふかしてるんだろうな。尻は丸くて形のいい大きめのものだとグッド。これは安産型とも呼ばれている。身長は……そこまでこだわらないな。ざっと挙げてみるとこんなものか」


すらすらと答えるアーベント。


「よし、決めた! 今から俺好みの女を探しに行くぜ!」


椅子から腰を上げ、今日の目的を提示するアーベント。要するにナンパしに行こうというのだ。

いつの間にか立ち直ってたマーキスがやはり反論してきた。


「ダメですぞ! そんな目的で魔王ともあろう方が外出などと!」


「あーもう! お前は留守番でいいよ!」


「んなぁっ!?」


アーベントにチョップされてマーキスの鎧がパーツごとにバラバラになる。転げ落ちた兜がぴょんぴょん跳ねる。


「私の体を崩すのはやめてくだされと申したではありませんかぁ!」


「はいはい聞いてなーい」


マーキスを無視しつつ、他の三人に向き直るアーベント。


「ボブスキー、ゲッカー、お前らも留守を頼む。それとブラオは俺に付き添え」


「さようでございますか」


深々とお辞儀をするトカゲ執事。


「俺も行きたかったんだけどなぁヘイヘイ」


残念そうにぼやく骸骨司祭。


「は、はい! 頑張ります!」


涙(排水機能の産物)を片手で拭い、主人に向き合うメイドロボ。


「じゃあ部屋に戻って支度をするぞ! 手伝えブラオ!」


「はい!」


アーベントとブラオは食堂を後にして自室に戻った。





《*》





部屋に戻ったアーベントは外出用の服に着替えていた。


「ところでご主人様、女の人とは言いましたけど」


横で部屋の片づけをしていたブラオが疑問を投げかける。


「どんな魔物がいいんですか?」


「いんや、出来れば人間の女がいいな」


「えっ、ってことは」


「ここからそれなりに近い場所にウォタ国ってところがあっただろ。そこに行こうと思う」


ウォタ。この魔王城から比較的近い人間の国である。ウォタ湖と呼ばれる大きな湖の岬に位置する小国であり、水の王国とも呼ばれている。そこなら人間もたくさんいるはずだから、希望の人材も見つかるだろうとアーベントは考える。


「でも私達、今は人間の姿をしていますけど、もし正体がバレたらまずくないですか?」


人間の中には魔物を忌み嫌うものも少なくはない。平和なウォタとはいえ、魔物が普通に出入りする場所ではない。


「余程のことでもなけりゃバレないだろ」


アーベントが答えたと同時に着替えが終わった。

シャツにジーンズ、それにコートを纏っている。


「俺は基本的にこの姿でいるし慣れっこなんだよ。それに人間については昔、母さんから教えてもらったことがある」


「そういえばご主人様のお母様って人間だそうですね。私は会ったことないですけど」


「ブラオはまだその時いなかったからな」


アーベントは純粋な魔物というわけではなく、魔物の父と人間の母の間に生まれたハーフである。母は既に故人であり、父親は魔王を引退してアーベントに城を譲り渡してからは世界のどこかで隠居生活をしているという。


「それはそうと準備が出来た。早速出発するぞ!」


「はい!」


二人は城門へ向かった。






《*》






「それじゃあちょっと行ってくるわ」


アーベントは城門に集まる臣下にそう告げて、城を後にした。


「お気を付けくださいませ、アーベント様」


ゲッカーは老紳士の姿でお辞儀をしつつ見送った。


「ヘイヘイ! 頑張れYo!」


ボブスキーはノリのいい黒人司祭として見送った。


「あー……私はお土産はウォタ煎餅がいいですぞ」


鎧も元に戻り、すっかり諦めたマーキスはちゃっかりそう告げて見送った。


「しかし……これでよかったのでございましょうか、ゲッカー殿、ボブスキー殿。ブラオ殿がご一緒とはいえ」


それでもマーキスはどこか不安げな様子で他の二人に尋ねた。


「まあまあ、マーキス。いいじゃないですか、若者はあれぐらいお盛んなぐらいがいいのですよ。私は結構楽しみですよ、あの方の将来の奥方はどのような方になるのかを。ボブスキーはどうです?」


やんわりと答えるゲッカー。その顔は微笑んでいた。


「俺は面白けりゃ何でもいいぜ! まあ、マーキスが心配する気持ちもわからねえでもないけどな。ヘイヘイ! あの方のことだしきっとエロい姉ちゃん連れてくるぜ、なあゲッカー?」


楽し気に語るボブスキー。彼は常にポジティブだ、その時の状況を楽しむのがモットーである。


「ほっほっほ、どうなることでしょうかねぇ」


ゲッカーもまた、そんな主の行動を楽しんでいるようであった。






《*》






この時はまだ誰も知らなかった。

アーベントのガールハントによって大いなる運命が動き出すことに―――







―――たぶん。


「しっかりしろよ!!!」


うるさいよ童帝どうてい

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