第1幕 12話

 幸い浅い川だったので溺れるということはなかったが、二人はびしょ濡れになっていた。

 月影は水の中に座り込んだまま、呆然としており、双葉はあまりの冷たさに悶えている。

「大丈夫か!? 咲っ……」

「テメェ、結局二人とも落ちてんじゃねぇかよ……」

 ドス黒い殺気を放ちながら、月影は差し出された手を掴まずに双葉の胸ぐらをつかんだ。

「いやぁ……すまん」

「何ヘラヘラしてんだ、コルァ……」

 怖い怖い。

 あいつ、目が座ってんぞ。

「ウッシー、止めてこい。そんで助けてこい 」

「ええーっ! 何で俺!? だってあいつら敵じゃん」

 不満気な声を上げるウッシー。

「マスコットが悪人面した罰だ」

「マジで!?」

 悲鳴に近い声をあげるウッシー。

「やだよ〜寒いじゃん〜」

 そっちか。

 別に水の中に入れとは言っていない。

「怒んなよぉ。元はと言えば、あいつらが悪いじゃん」

 今にも殴られんとしている双葉が、俺達を指差した。

 言っておくが、俺は戦闘に参加していないからな。

「――やれやれ、どうしようもないやつらにゃん」

「――……!」

 どこからか、そんな声が聞こえてきた。

「あ……あれ……」

 アザミンが指をさす。

 双葉と月影の少し後ろに大きめの石が、水から顔を出している。

 その上に……人が、立っていた。

 さっきまでそんな姿はなかったというのに。

 いつの間にか。

 そいつはそこにいた。

 俺達と同じ制服で、少し猫目の男が。

「……おい……あいつ……」

 俺はやつから、違和感を覚えた。

「……さっき……」

 二人が俺の顔を見る。

「……にゃんって言わなかったか……?」

「なぜ溜めてから言った」

 アザミンのツッコミは速かった。

「さ、向坂先輩……!」

 あの双葉が青ざめている。

 月影までもがバツの悪そうな顔をしていた。

「いつまでそんな戦い方も知らない新人に手間取っているにゃ。さっさと片付けろと言ったはずにゃん」

 聞き間違いではなかった。

 あいつ、ガチでにゃんって言ってる……!

 男子高校生が……!

 にゃん……!

「す、すんません、先輩……」

「俺に謝ったって仕方ねーんだよ。お前らはもう一回しごき直しにゃ」

 語尾が気になりすぎて、最早やつらの会話など頭に入ってこない。

 何なんだ、あいつは。

 どこを探しても語尾が猫語の男子高校生なんていないだろう。

 希少価値のある天然記念物を見ている気分だ。

「いつまでも水に浸かってねぇで戻るにゃん」

 猫語男子は、二人の首根っこを掴み、川から引き揚げた。

 そしてそのまま、俺達の前から去ろうとするもんだから、思わず「おい!」と、声をかけてしまった。

「あ?」

 鬱陶しそうに振り返る。

「そっちから突っかかってきたくせにスルーかよ」

「お前らにもう用はないにゃ。スルーしてにゃにが悪い」

 そのテンションで「にゃ」とか言われたらどんな顔をしていいかわかんねぇよ。

「聞き捨てならねぇな。だったら俺と勝負しろよ。人を弱いとでも言いたげのようだったが」

「事実だろ」

 即答され、カチンとくる。

「お前のレベルじゃ俺には勝てないにゃん。戦うだけ時間の無駄にゃ」

「言ってくれるじゃねぇか……」

 こいつ、相当腕に自信があると見た。

「先輩はお前らが思っている以上に強いぞ! なめんなよ!」

 首根っこをつかまれた双葉が偉そうに叫ぶ。

「双葉……余計なことを言うんじゃにゃい」

 双葉はポカリと殴られた。

「へぇ。じゃあ、名乗れよ。他のやつらはみんな名乗ってたぞ」

 なぜか猫語男子は黙った。

 俺、何かおかしなこと言ったか?

「向坂先輩に向かって何て口の利き方だ! ねぇ、先輩!」

「お前マジでうるせぇ! 頼むから黙ってろ!」

 猫語が消えた瞬間だった。

「……向坂郁さきさかいく。俺はフラッシュフィッシュの教育係にゃ。そう簡単に突破できるとは思うなよ」

 そう言い残し、一年二人を連れて向坂は石から石へと飛び移り、川の向こうへと姿を消したのだった。

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