第1幕 6話

 俺の名は雨宮睦月あまみやむつき

 ――今更自己紹介はいいって?

 いや、悪いが言わせてくれ。

 俺は、ごく普通の高校生だ。


 昨日のアレは夢だと思うことにした。

 非現実的なことを受け入れる入れないの問題ではない。

 うん……まぁ、その何だ。

 超リアルな夢だったよね!


 ……と、キャラじゃないことを言ったりしつつも、今日も学校へ向かうわけだが。

「……あ」

「リーダー! おはよーっス」

「ウーッス」

 いつも通り不良二人と顔を合わせる。

 俺たちは並んで、正門をくぐった。

 ……本当に昨日のが夢ならば、こいつらは何も知らないはず。

 俺は少し試したくなった。

「……なァ、アザミン」

「その呼び方、やめてください」

「……」

 金髪はあからさまに嫌そうな顔をした。

 どうしよう。夢じゃなかった……

「ん? リーダー? どうしたんスか? 頭痛?」

「いや……」

 ウッシーは今日も鬱陶しい前髪をしていた。

「夢だけど夢じゃないんだな……」

「トトロ?」

 トトロだったらどんなに良かったことか。

「んげっ!」

 すると突然、隣にいたアザミンが変な声を上げて立ち止まった。

「どうした、アザミン」

「らしくねぇ声出てたぞ、アザミン」

「うるさい! アザミンアザミン言うな! じゃなくて、アレを見ろ!」

 俺とウッシーは、アザミンが指さす方向を見た。

 そこには、登校してきて廊下で談笑する生徒しかいない。

 一体何を指しているんだ?

「げっ、最悪。風紀委員かよ」

 ウッシーも嫌そうな声をあげる。

 風紀委員?

 あぁ……あの腕章をつけているやつのことか……

「お前ら……風紀委員に目を付けられているのか……」

 不良だから仕方ないっちゃあ仕方ないか。

「アイツ、三年の明日葉って言って、かなり面倒なんスよ」

「委員長だし、声でかいし……」

 声でかいの関係なくね?

「珍しく正門にいないと思ったら、校内にいやがったんだな」

「ルート変えて教室まで行こうぜ、アザミン」

「だからアザミン言うな!」

 二人は元来た方向へと進路を変えようとする。

 それに俺もつきあってやろうと、二人と同じく後ろを振り返った。

 そして。

「――ギャーッ!!」

 悲鳴を上げた。

 俺ではなく、二人が。

 むしろ俺は驚きのあまり声が出なかったほどだ。

 なぜならそこには、アイツがいたからだ。

「中ノ条……重虎!?」

「ん? あぁ……お前ら、昨日の……」

 ヤツは俺たちに気づいていなかったようだ。

 しかし、なぜこいつがここに……

 まさか。

「同じ学校!?」

 俺の代わりに二人が叫んだ。

「ああ、うん。そうそう。昨日言いそびれてたけど。実はそうなんだよな。よろしく」

 そう言って、中ノ条は大きなあくびをした。

 ラスボスと……同じ学校て……

「おい! そこ! 廊下で騒がしくするな!」

 今度は何かと思えば、先程の風紀委員長様がこちらに向かって歩いてきた。

 不良二人は「やっべ」と、焦り顔になる。

「む……お前達は……」

 委員長様の表情も険しくなる。

「おー千景ぇ。こいつらが昨日言ってた新顔」

今にも嵐が巻き起こりそうだというところに、中ノ条の呑気な声に全てが一掃された。

「……は? 新顔?」

 何だ、こいつら知り合いなのか。

「昨日話したじゃねぇか……ほら、名前は忘れたけど」

「“アマリリス”か」

「そう。それそれ」

 なぜ風紀委員長がそんなことを。

 ……本日二回目のまさかだが……

「ふむ……そうか。ここで会ったのも何かの縁だ。名乗らなくてはいけないな!」

 委員長様は大げさに腰に手を当て、胸を張って言った。

「俺の名は明日葉千景あしたばちかげ! 表の顔は秩序正しい完璧な風紀委員長だが、裏の顔はフラッシュフィッシュの№2だ!」

 ボスに引き続き二番目がきちゃったよ。

 つかこいつ、声でけーな。

「マジか……」

 天敵である不良二人組は呆気にとられている。

「トラから話は聞いている。なかなかの強者だそうじゃないか」

「俺、そんなこと言ったっけ」

「期待しているぞ、ルーキー! 俺たちは今年で最後だからな。楽しませてくれ!」

 ……ん?

 俺たちはある言葉に引っかかった。

「今年で……」

「最後?」

「何だ。知らないのか」

 首をかしげる俺たちに、明日葉は説明をした。

「魔法少女もフラッシュフィッシュも高校生の間だけだ」

「……え……」

 期間限定だと。

「だから俺たち三年は今年いっぱいで引退だ。最も受験があるから、夏休みが最後の戦いといったところか」

 部活かよ!

 何だ、その。インターハイまで的なノリは。

「最後の一年。何やら曲者が集まっているようで、俺は嬉しいぞ」

 そんなふうに言われても、こっちは複雑な気分だ。

 始めたばかりだというのに。

 それにこの様子だと、魔法少女とフラッシュフィッシュの戦いは長く続いているのか?

 おいおい……冗談じゃないぜ。

 今回巻き込まれるまで、俺は知らなかったのか。

 知りたくなかったけれども。

 てっきり俺だけだと思っていたが……他にも魔法少女と言う名の哀れな男子高校生はいる……ってことなのか。

「しかし珍しいな。魔法少女側が俺たちと同じ学校とは」

「……どういう意味だ?」

「うん? あぁ……いやね。俺たちフラッシュフィッシュのメンバーはこの学校に全員在籍しているのだが……魔法少女の面々は皆他校なもんでな。珍しいと思っただけさ」

……つまり俺は。

敵に囲まれているというわけか――……。

「ともあれ精進したまえ! 新入り君!」

 明日葉が明るい声でそう言い、俺の肩を叩く。

「……アンタ、二番目なんだったら強いんだろ?」

「うん?」

「俺と勝負しろよ」

 俺がいきなりケンカをふっかけたせいで、場の空気が張り詰める。

 魔法少女としてではなく、単に興味があった。

こいつらトップがどれだけ強いのか――

 しばらくの沈黙の後、明日葉は高らかに笑った。

「悪いが断る!」

 ひとしきり笑ってから、ヤツはきっぱりと言った。

「……ふざけているのか、テメェ」

「ふざけてなどいないさ。俺は強いのかって? あぁ、もちろんだ! きっとお前にだって余裕で勝ってみせるだろう。なんせ、こちらは三年という経験を積んでいる!」

 だからそんな、部活みたいに言われても。

「だがしかし! 俺は強くとも弱い!」

「……はぁ?」

 何を言っているんだ、こいつは。

「今まで無敗だった俺を唯一倒した男がいる! 俺は! そいつを倒すまでは誰とも戦わない!」

「……何だそれ……」

「今年で最後なんだ」

 うるさかった声が、突如小さくなる。

「俺にとっても、あいつにとっても……今年が最後なんだ……」

 さみしそうなのに、どこか楽しげな表情。

 大切な思い出を語るかのように、ヤツは言った……

 ってこれ、やっぱ部活っぽくねぇか?

「そんなわけで! 残念だが他を当たってくれ! 新入り君! 他にも強いヤツはいるからな! ハッハッハ!」

 廊下に響き渡る笑い声。

 ちょ……マジでやめてほしいんだけど。

 みんな見てるって。

 この人の声量ハンパねぇな! 演劇部かよ!

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