第1幕 1話

 いや、いいんだ。理解できなくて。

 俺もまだできていない。

 女体化とかそういう話ではないんだ、決して。

 何度も言うが、俺は。


 普通の男子高校生だ。



「大事な話があると言うから来てみれば……ふざけてるのか。帰れ」

「ここ、私の部屋だから」

「………。………で、とうとうボケたか。この老いぼれが。」

「お前は本当に口が悪いね。まぁ、いい。お前に拒否権はない。黙って私の仕事を引き継げ」

「命令するな。そもそもアンタ、魔法少女って柄かよ。笑わせんな」

「いいや。私はかつて立派な魔法少女だった………」

「………冗談はたいがいにしろ」

「あの頃の経験があるからこそ、今の私は魔女の地位を得た」

「某魔法少女の世界では魔女落ちは最悪だぞ………」

「私の部下であるお前こそ! 次代の魔法少女に相応しい!」

「聞けよ! そもそも俺は男だ! 少女じゃねぇ!!」

「ふっふっふ。早速衣装作りを始めようじゃないか!!」

「聞けええぇぇぇ!!!」



「―――というわけだ。」

「いや……あの……すいません、リーダー。何を言っているのか……わからないです」

「安心しろ、俺もだ」

 昼休み。

 いつもの二人にいつもの屋上。

 ただ、違うのは目の前にいる二人の反応。

「ていうか……俺ら、あんたが一体何者なのかもよくわかっていないんですけど」

「その魔女は何なんです? よく話は聞きますけど」

「……あー……」

 そういや説明していなかった。

「俺はだな……」

 この際だ。

 言っておくとするか……

 口を開いた俺を見て、二人の不良どもは緊張した面持ちになる。

「昔、両親が…………………やっぱめんどくせぇから、自分で調べてくれ」

「おいぃぃぃぃぃぃ!!!」

 話せば長い。

 長いがゆえに面倒だ。

「まァ、そのうち」

「そのうちそのうちって、何回目ですか! もういいでしょ!」

「調べろって、どう調べるんすかぁー……」

 うるせぇな……

 俺は泣きごとを言う二人を無視して、あの人が作ってくれた弁当を食べる。

 ……うん。

 今日も美味い。

「……あの人は何て言ったんですか?」

 金髪の男の言葉に箸が止まる。

「……あの人は……」

 俺はもう一度、あの日の記憶を呼び起こす。


睦月むつき~まだか~?」

「ナナ君……!」

 タイミング良く現れてくれた彼に、即座に泣きついた。

「助けてくれ、ナナ君……! この性悪魔女がわけのわかないことを言うんだ。そろそろ老人ホームに預けるべきじゃあないかな……」

「ハッハッハ。あんまり睦月をいじめるなよな~ダリア」

 彼は俺の頭をなでながら、笑って言った。

「人聞きの悪い……。第一、そいつは私の下僕だ。仕事を任せて何が悪い。貴様に口出しをされる筋合いはない。№7」

 魔女は素っ気なく言い放つ。

「仕事? 何の仕事だ?」

 彼は俺とやつの顔を交互に見る。

「……ちょうどいい。こいつのことは貴様が一番よくわかっているだろう。知恵を貸せ。共にコスチュームを考えるのだ」

「コスチューム? 一体何の話だ?」

 この人ならきっと、怒ってくれるだろう。

 きっと、反対してくれるだろ。

 そのときは、そんな期待をしていた。

「何って決まっているだろう。魔法少女のだ」

「は? 魔法少女? お前……何言ってんの?」

 ハハハ。と、彼は笑った。

「笑ってないで真面目に考えろ。魔法少女にコスチュームは付き物だ。こいつにはどんなのが似合うか言ってみろ」

「……え?」

 笑顔のまま、彼は硬直する。

「え? こいつって? 睦月? 睦月が着るのか?」

「だからさっきからそう言ってるだろう。№6には私の仕事を引き継がせる。今日からこいつは魔法少女だ!」

 犯人はお前だ! というふうに指をさされて、俺はため息をついた。

「睦月が……? 魔法少女……? え? 少女?」

「……ナナ君……?」

『ふざけるな!俺の大切な睦月にそんなことをさせるか!』

『ナナ君……!』

 的な展開を望んでいたが……様子がおかしい。

「ま……魔法……少女……アハハハハハ……」

「ナナ君―っ!?」

理解が追いつかなかったらしいナナ君は、笑いながら倒れた。


「……まぁ、あの人の前でこの話はタブーだな」

「すみません。長い回想だったようですけど、俺らには何も伝わっていません」

「とにかくあれ以来、ナナ君の前で魔法少女という言葉は口にしていないし、ナナ君もナナ君でなかったことにしている」

「だからあれの部分が何なのか、わからないんですけど」

 いちいち細けぇな。

「それで……俺らにどうしろと?」

「相談できる相手がいなくなったから、話してくれたんすか?」

「そういうことにしておいてくれ」

 俺自身もここまでぐだぐだと話してきたが、あれはなかったことにしようとしている。

 悪い夢でも見たのだ、と。

「なぁんか雲行きが怪しいなぁ……」

 すると、前髪で目が隠れているほうが空を見上げて言った。

 言われてみれば、さっきまで青空だったのに、白い雲が灰色がかっている。

「今日の天気は晴れのはずなんだけど……」

 もう一人がスマホを見て言った。

 天気予報でも見ているのだろうか。

 別にいいが、雨だけは降らないでほしい。

「天気が悪いっていうか……おかしくね?」

 そう言われて、もう一度空を見上げる。

 何となく言いたいことはわかった。

 曇り……というより、夜になっていっているような感じがある。

「何だ……これ……日食?」

「バカ。んなわけねぇだろ。そうだったら何日も前からニュースで取り上げられてるってぇの」

「でもさ~」

 日食の話をしている二人をよそに、俺は一人、不穏な気配を察知していた。

「……あ。もうすぐ予鈴が鳴る」

「マジかよ。俺、次体育だ」

「何やってんだよ……急げよ」

「俺、体育だけは真面目に受けるって決めてるからな」

 いそいそと、戻る準備を始める二人。

 ちゃんと授業に出席する不良……妙な光景である。

「リーダーも早く戻りましょ」

「どうしたんすか? ボーっとして」

「……いや……」

 俺も弁当を片づけて立ち上がった。


 そのときだった。


 ぴかっと稲妻のような光が走り、学校のグラウンドに落ちた。

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