第55話 汚職

 間抜けにも引き替えした俺たちはマーガレットを探した。

 復讐者気取りのバカが怪我をする前に捕獲せねばならない。

 マーガレットのはしごは外した。

 これでマーガレットは学園から逃げることはできない。

 狂犬レオンと呼ばれる俺をなめるなよ。

 鼻息を荒くする俺たちが学園に到着するとソフィアが俺を出迎えた。


「陛下。たいへんです」


 ソフィアの様子がおかしい。


「どうした?」


 マーガレットが暴れでもしたのだろうか?

 それともモーリスの身になにかあったのだろうか?


「裁判記録です。おかしな記録を見つけました」


「どうした?」


「それは専門的な話ですので……バート説明を」


 ソフィアの後ろに控えていた学生風の若い男が一礼してから俺の前に出た。

 第二軍の関係者にしては珍しくヤクザ風の風貌ではない。

 どうやら事務官には普通の人がいるようだ。

 さすがのソフィアも法律は難しいらしい。専門家を呼んだのだ。

 いくらソフィアが優秀でも法律の説明はできないよな。

 俺はなぜか安心した。

 バートは俺の方を見て何度も頭を下げる。

 オドオドした青年だ。

 いやそんな偉い人じゃないからいいのよ。もっと雑な態度で。


「それでおかしな記録って?」


「は、はい。まずケネス判事は基本的には堅い判決が多いのが特徴です」


「先例に忠実?」


「そ、そうです。ケネス判事は先例を重視します……不必要なほどに……」


「あー……大昔の先例とかをよく考えずに当てはめたりするタイプ?」


 先例は実際にそれで問題なかったというのが確実なので先例に忠実なのは悪いことではない。

 むしろ判事が毎回異なった判決を出している方が問題だ。

 だがそれも大昔の先例をよく考えずに当てはめるのは問題がある。

 社会の常識自体が変わっていることがあるからだ。

 でも処分するのは難しい。

 「だって先例があるじゃん」で終わりなのだ。

 例え門外漢の俺とかが文句をつけても「へえ? じゃあいつの基準? 何年何月何日何時何分何秒? 地球が何回まわったとき?」というレベルのイチャモンをつけられるのがオチだ。


「は、はい! さすが陛下。ご存じの通り庶民法院は調停を重んじます。民事ですと話し合いで解決した方がお互いが納得して円満解決しやすいですから」


 調停ってのは判事が審判をやりながら話し合いで解決する制度だ。

 当事者が落としどころを見つけやすいのが特徴だ。

 双方とも解決する意図があればな。


「ですが……ケネス判事は調停で解決する先例があることを盾に10年も調停をするのです……」


「うわぁ……」


 数ヶ月で解決できなければ、そもそも一方が解決する気がないと言うことだ。

 いや裁判で10年も話し合いを続けられるというのは資金力があるということだ。

 裁判は金がかかる。庶民じゃ10年も訴訟を維持できない。

 いやそこそこの商人でも時間と手間を考えたら割に合わないのだ。

 つまり10年調停など判決を出されたら困る方の裁判潰しに他ならないのだ。

 だがそれは少しおかしい。


「ただ庶民法院は商会どうしの裁判がほとんどだろ? 問題にならないんじゃないか?」


「いえ陛下、それが庶民への大規模詐欺の裁判もあったんです」


「そんなの額と支払い能力の有無だけだろ? さっさと資産リスト作って全部差し押さえて金に換えて被害者に配ればいいじゃん」


 何十人にも訴えられたら、それそのものが詐欺の証拠になる。

 その場合は犯人が金を返せるかだけが主たる問題になるのだ。

 たいていギャンブルなどに浪費されているので、足りない分は被害者の手痛い勉強代というわけだ。

 かわいそうだが仕方がない。


「それが……ケネス判事はその事件でも10年の調停をやったんです」


「なんでよ。意味ないだろ? 詐欺師となにを話し合うんだよ?」


「恐れながら陛下……ケネス判事はおそらく……」


「賄賂か!」


「ええ、他にもケネス判事は巧妙に先例を悪用した判決がチラホラ見られまして……」


 つまりおかしい判決だが、先例という正当性があったわけだ。

 狭い世界の話なので世間の噂にもなりにくい。

 ホント最悪だな。


「あやしいけど先例に従っているから誰にも文句をつけられなかったということか」


「はい。ケネス判事はそこに多大な才能を開花させたようで……判決文自体にはまったく問題がありませんでした。常識以外は……」


 俺は頭を抱えた。

 まずい!

 これは俺の知らないところで国家への恨みがたまっているということだ。

 こういった社会に不正がはびこっているという実感は簡単に国家を滅ぼしてしまう。

 気がついたら断頭台コースだ。

 うわーい。知らないところで死亡フラグが立ってるよー。

 先王の時代なら問題が起きたところで何もかも判事の責任にして判事は法律の処分を待たずに死刑、家族は追放処分にしてお茶を濁すということが平然と行われていた。

 罪名は王国への反逆罪。

 便利な制度だね。俺はやらないけど。

 ……ん? ちょっと待てよ。


「ねえねえ。バートえもん。ケネスの副判事時代ってどうなの?」


「……えもん? ああ、はい。その頃ですと確か庶民法院の主席判事のギルが斬首に……あ!!!」


「バートえもん。もうちょっと詳しく調べて。若いころから全部。この馬車使っていいから」


「ぎょ、御意!」


 バートは俺に会釈すると馬車に乗り込む。

 父さんが御者に指令を出すと馬車は発進した。


 さてまとめよう。


 ケネス汚職まみれ。ただし頭がいいので尻尾は出さない。

 ギルバート判事、斬首。

 ケネス判事に就任。

 全方面から恨みを買う。

 息子がテラスから落下。


 すべてが一つに集約されるような気がする。

 だが同時にそれでは単純すぎる気がする。

 果たして犯人はマーガレットなのか?

 俺は判断がつかなかった。



 夜。

 俺は自分の部屋で寝ていた。

 熱かったので木戸は開けていた。

 音がする。

 ゲイルだろうか?

 それにしては音が軽い。

 ソフィアでもないだろう。

 俺は肌身離さず持っているナイフに手をかけた。

 何者かは俺の耳もとに顔を近づけた。

 息がこそばゆい。

 シトラスの香りが鼻をくすぐった。

 女だ。

 フィーナのつけている香水とは香りが違う。

 ソフィアは香水なんてつけていない。

 誰だ?


「陛下。起きて」


 夜這い!

 夜這いなのか!

 これが夜這いというものなのか!

 俺の期待は最高潮になる。


「陛下……」


 くわッ!

 俺の目が開く。


「ふー○こちゃーん!!!」


 俺は寝そべった体勢から飛び上がる。

 もちろん上昇中に服は脱ぎ去りぱんつ一丁でだ。

 さらばDT!


「くせ者が!!!」


 その時ソフィアが俺の部屋のドアを蹴破った。

 ソフィアが見たもの。それは、ぱんつ一丁でマーガレットに襲いかかる俺の姿だった。


「いやーん♪」


 俺はくねくねとかわいいポーズをした。

 もちろん効果などなかったが。

 ぽくぽくぽくちーん。


「あのね。くせ者をとらえるためにフェイントで服を脱いだのよ。信じて♪ お願い♪」


 人生とはかくもビターなものなのか。

 俺はソフィアに問答無用で捕縛された。ぱんつ一丁で。

 まるで俺が不審者のように床に正座させられている。


「ソフィアさん。シカトはやめてください……あのフィーナさん。無言で母上への書簡を書くのはやめてください。っていうかお願いだから母上には内緒でお願いします」


 怒る二人。二人とも本気で怒ると黙るタイプなのだ。

 つかシェリル母様には内緒にしてください!

 マジで! ねえマジで!

 俺が泣きそうになっている中、すべての元凶であるマーガレットは嘘泣きをしている。

 お前いい加減にしないと殴るよ。


「んでよ、マーガレット。お前がモーリス襲撃犯なのか」


 俺は情けない姿からマーガレットに質問した。


「違う。息子を殺すのは不合理。私も殺したいと思ってるけど犯人は別にいる」


「そうかよ。じゃあ誰なんだよ?」


「それを陛下と私で探す。陛下は真相を暴いて正義を振りかざすことができる。すべてが明らかになれば私は満足」


 ふむ異論はない。

 だがその前に聞かなければならない。


「なぜ俺の部屋に侵入した」


「そろそろ私がクロウの娘じゃないのがバレてると思ったし、いっそ陛下の女になってしまえば面倒くさくないなと思った」


 フィーナさん。

 殺し屋の目つきをするのはおやめなさい。

 ポキポキ指を鳴らすのはおやめなさい。


「あー! わかった一緒に調べてやる! でも愛人はなしだ」


「わかった」


 さて最後に残った問題だが……

 俺は朝まで生きていられるだろうか……果たして。

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