第56話 マーガレット

 夜中に何があったかは言いたくない。

 俺の乱れた髪型と目の下のクマで察してくれ。

 色っぽいイベントなど皆無だったことだけは俺の名誉と良心とDTにかけて誓っておこう。

 少し調子に乗ったらこれだよ。

 俺に受難と試練をもたらしたマーガレットは悪びれることもなくさも当然のように俺やフィーナと食卓を囲んでいる。

 ちなみに俺の手作りだ。罰ゲームとしてフィーナに作らされたのだ。

 いつもだったらカフェテラスの普通の席でフィーナや騎士学科の連中と一緒に食事をとるのだが、あいにくカフェテラスは工事中だ。

 学生たちには不便をかけて申し訳ない……と言いたい所だが、商売っ気がやたら旺盛な第零軍が屋台を出しているため食事に困ったやつはいない。

 寮や料理室で自炊している連中も多くむしろみんな楽しんでいるようだ。

 一見するとバカ国王が空気を読まずに人員を大量に入れて警備を薄くしているように見える。

 実際、俺はそう批判されているし、事故のショックを理由に実家に帰った学生もごく少数出た。

 父兄からも苦情が来ているのは知っている。

 がははは! バカめ! 入れたのは全員俺の配下なのだよ!

 王宮で殺されかけたことのある俺が言うのもなんだが、この学園は王宮より安全な場所になったのだ。


 食事を共にしながら俺とマーガレットは話し合いをしていた。

 情報を小出しにしたいマーガレットと情報を引き出したい俺との駆け引きだ。


「それでマーガレット。復讐と言ってたが具体的に話を聞かせてくれるか?」


「憎しみは冷めたスープと同じ。人に話せば煮えてまた料理に戻る」


 俺の作ったレンズ豆の騎士団風スープをすくいながらマーガレットが言った。

 うむ、なに言ってるかわからん。


「話してくれないと俺には何もわからねえから、俺にもわかるように話せって言ってるんだ」


「なるほど。父……と呼ばなくてもいいか。事の起こりは十数年前。クロウは友人の経営する商会と共同である訴訟を起こした。内容はよくある詐欺で賠償額と責任の割合を決めるだけの訴訟。でも相手はクロウ商会が相手にするくらいの大きな所」


「おう」


「クロウと共同で訴訟したのが私の実の父親」


「……それで」


「判事が10年裁判にして欲しくなければ金を払えと言ってきた。クロウは金を払い父は金を払えなかった」


「それで……」


「多額の借金があった父は自殺した。クロウに謝罪する手紙を書いてね。抱えている借金を友達のクロウにも内緒にしてた。クロウはそれを後悔して私を育ててくれた。クロウには感謝してる」


 金は血と同じだ。

 流れが止まれば死ぬ。

 無意味に長い民事裁判は悲劇しか生み出さない。

 それにしてもクロウのオッサンを俺は誤解していたらしい。

 侠気があるじゃないか。

 情報を引き出すためだったけどちょっとやりすぎた。

 あとで謝っておこう。


「……判事はケネスか」


「違う。ケネスじゃない。その時の判事は別の人だった。その判事も激怒したクロウが法院に抗議した数日後に溺死体で見つかった」


 法院に抗議するのは敷居が高い。

 前王の時代なら嫌がらせをされる可能性もあっただろう。

 それでも抗議したのだからクロウの怒りは相当なものだったのだろう。

 またもや迷宮にはまり込んだ。

 どういうことだ?

 ケネス以外にも汚職判事がいたというのか?

 マーガレットの眠そうな顔がこわばった。


「私とクロウは事件の真相を探っている。この学校に来たのも事件の真相を探るため。モーリスにも話を聞く予定だった」


「復讐するつもりか?」


「判事やその家族に復讐するのはリスクが高い。返り討ちが関の山。それに今の王は正義を愛し民の話を聞くと評判。証拠を集めて貴方に訴え出るつもりだった」


 なるほど。それは名案だ。

 良くも悪くも俺なら空気や派閥の力関係など関係ない。

 ただ訂正しておくと俺は別に正義を愛してなんかいない。

 合理性を追求するとこのスタイルになるだけだ。


「だがマーガレット。俺はあくまで……」


「全体の奉仕者?」


「そうだ」


「それでかまわない」


「わかった。ところでマーガレットは兵士に変装してたけど」


 俺はマーガレットの手を取った。

 フィーナからひやっとした空気が流れてくる。

 笑顔なのに……怖い……


「こいつは剣ダコか?」


 俺はマーガレットの手を注意深く触った。

 最初の握手の時は気づかなかったが、指の付け根の皮が厚くなっている。

 同時に俺の発言を聞いてフィーナの冷気が止まった。

 セーフ! セーフ! セーフでゴザル!


「クロウが傭兵を雇って剣術を習わせてくれた。だから鎧の着用方法も知ってる」


「復讐のために?」


「違う。商会の子はお金目当てで誘拐されやすい。男でも女でも剣くらいは習う」


 確かに逆探知も監視カメラもないこの世界では誘拐犯は捕まりにくい。

 つまり手っ取り早く金が稼げるビジネスだ。

 逃げられる程度の教育はするということなのだろう。


「なるほどな。それで襲撃事件の犯人の目星はついているのか?」


「わからない。でも恨みに思っている人は大量にいる。私はモーリスに危害を加える気はないけど他の人がどう思うかはわからない」


「そうか。んじゃ、質問を変える。武器をその場で作る殺し屋の話を聞いたことはあるか?」


 実は貴族社会では全くこの話は聞かない。

 だとしたら街の方の噂かもしれない。


「そんな殺し屋は聞いたことない。だいたい街のチンピラは殺し屋って名乗ってても喧嘩が強いって程度」


「そうか」


 そりゃそうだ。

 そんなのがいれば王宮でも噂になっているはずだ。

 話題にしやすいからな。


「でも傭兵業界では聞いたことがある。グランドマスターっていう男」


「なにそれカッコイイ」


 いた!

 ちなみにこの場合の傭兵の業務はキャラバンの護衛や店舗の夜間警備が主な仕事だ。

 ガードマンに近いだろう。


「生き残る方法を教えてくれる。私も1週間だけ習った。そこで石から斧を作る方法とか火のおこし方を覚えた」


 金持ち向けにゆるく剣術を教えるんじゃなくて?

 サバイバル?

 そんな技術を持ってるなんて珍しい。

 なんだか嫌な予感がするぞ。


「なんだっけ。たしか山岳民族出身の……」


 ハイランダーだ!!!

 同族か!

 やっぱりだ!


「でも老人。私が習ったときには70歳くらいだったと思う」


「じゃあ違うのか……」


 誰なのだろうか?

 俺はため息をつくとティーカップを口につけ紅茶を飲んだ。

 紅茶の香りで少し頭が働く。


「じゃあさ、マーガレットはどうするつもりだったの?」


「二年になれば公文書の閲覧が自由。そしたら裁判記録を読むつもりだった。でもモーリスの件ですべてが台無しになった」


「公文書の件は俺が許可を出してやるよ。他は?」


「……グランドマスターを追いたい」


 ですよねー。

 それにしてもおかしい。

 グランドマスターなんて存在を父さんが知らないはずがない。

 どうにも俺は巧妙に事件から遠ざけられているような気がする。

 父さんを尋問しなければ。


「了解。今ね。グランドマスターに詳しい人を連れてくるから二人で殴ろ……じゃなくて楽しく尋問しようね」


 俺はボキリボキリと指を鳴らした。

 あんのクソ親父!

 道化師として潜り込んだりとか俺を踊らせたりとかは全部、俺を事件から遠ざける布石だったんだな!

 反抗期の十代の恐ろしさを思い知らせてくれる!

 意識がもうろうとする薬に縄に網に五寸釘に……

 あ、金魚ちゃんも持っていこう。


「まるで猛獣を捕らえる装備」


「猛獣より厄介だ。いいか、殺すつもりで行くぞ」


 なにせ相手はギュンタークラスの化け物だからな。

 範○勇次郎を捕まえるようなもんだ。

 麻酔銃でも足りないくらいだ。

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