第50話 弓と矢

 俺たちの大名行列は学園に隣接する森へと進んだ。

 ここで俺の考えている仮説を実証するのだ。

 森に入ると俺はまず木を探した。探しているのは松の木だ。

 松の木はすぐに見つかった。


「うーん。おお。これだ!」


 俺は傷ついた松を見つけた。

 鹿が角でこすったのだろう。


「松ヤニげっちゅ!」


 俺は松の傷からにじみ出る樹脂を素手でつかみ取りバッグに入れた。

 採集セットの用意は万端だ。


「陛下……妙にこなれているようですが。もしかして警備を撒いて普段から森に入られているのでは?」


 ソフィアがじろりと横目で睨んできた。


「ソフィアさん。男には一人で大自然と戯れたくなるときがあるんです」


 カブトムシを捕りに行ったり釣りをしたりキャンプをしたりだ。


「……陛下。後でお話があります。それと組み手も」


 ソフィアめ! 俺を殺す気だな!


「か弱い王様を虐めちゃいけません! もっと優しくしろ!」


 俺は猛抗議する。

 まったく! ちょっと森に遊びに行っただけじゃん!

 俺はブツブツ文句を言いながら斧で直径10センチくらいの木を切り倒す。

 樫かな? 木の種類はよくわからない。

 俺は切り倒した若木の皮を剥ぎそれをより合わせロープを作る。

 ここまでで30分以上かかってしまった。


「悪い。時間がかかりすぎた。みんな手伝ってくれ」


「御意!」


 男どもはやけに食いつきがいい。

 やはりDIYは男心をくすぐるのだ。

 俺はみんなに斧で細い枝を切ってくるように頼む。

 それに竹を取ってきてくれるようにも頼んだ。

 それと鳥の羽が落ちてたら拾ってくるように言った。


「さて加工に入りますか」


 俺がポンポンと腰を叩きながらつぶやく。

 すると学長が来るのが見えた。


「陛下! 木工科の教授を連れてきましたぞ」


 木工科の教授と言っているが要するに工房の親方だ。

 材木商や家具商、建築業の子弟が学んでいる。


「突然お呼び出ししてすみません。どうしても木材のことでアドバイスをいただきたい」


「へえ。あっしでよろしければ火の中水の中。ところで何をするんですか?」


「いやね。コイツを斧一本で作るにはどうするかって事なんです」


 俺は作りかけの道具を見せる。


「へい。拝見いたしやす」


 教授は道具と俺の作ったロープを見る。


「弓ですかい?」


 やはりわかった。


「そう。もし犯人がいるとしたら……まあ私がそう主張しているだけだけど。もしいたらこの森か、植物学科の竹で弓と矢を作ったと考えているんです。ただね。大きな刃物を持ち込めない学園で作ることができるかなあと思ってるんですよね」


 俺はニコッと笑った。

 相手は職人だ。怒鳴られるかも……

 ところが……


「いや面白え! 陛下よくわかってるじゃねえか!」


 教授は俺の背中をバンバンと叩いた。

 一瞬、ぴくりとソフィアの眉が動いたが自制したようだ。


「じゃあ早速やろうぜ!」


 教授はノリノリだ。


「実はここからが問題なんです。このまま折り曲げてロープを引っかければできるんですが、命中精度と威力に問題があるんです」


 古代人はこういうので狩りをしたらしいが、人間に対する武器としては心許ない。


「そうだな。コイツを使おう」


 教授はその辺で石を拾った。

 石?


「そこの木と斧をお貸し下せえ」


「ほいほい」


 俺は木を斧を差し出す。

 教授は斧で木を真っ二つにする。


「弓ってのは真ん中を厚く、両端を薄くしてやるんでさ」


 そう言うと教授はさらに木を削っていく。

 さすが俺より上手だ。

 次に教授は石を拾う。


「ヤスリがないときは石を使うんですぜ」


 そう言って教授は石でヤスリがけをした。

 意外なことに石でもきれいにヤスリがけができていた。

 教授は斧でロープをかける溝を作る。


「陛下。体重をかけて折り曲げてくんなあ」


 俺は言われるままに弓に体重をかけて折り曲げる。

 教授は折り曲がった弓にロープをかける。


「ほいできた。問題は矢だな」


「私の推測だと竹製なんですよねえ」


「軽いからですかい」


「ええ。安定させるために鳥の羽をつけて先に砕いた石の鏃を松ヤニでつけると思うんです」


「ほう。矢の方はあまり今のと変わらないんですねえ。まあやってみましょう」


 親方がそう言うとタイミングよく男子たちが帰って来た。


「陛下お持ちしました!」


「ありがとちゃん。ここからが面白いぞー」


 そう言うと俺は石を拾ってくる。

 石どうしをぶつけ割っていく。

 古代では黒曜石なんかが使われたらしい。

 俺は石の種類はわからないがなんとなくうまく行った。


「鏃できました」


「へい」


 教授は竹を割って棒状に削ると鏃をくっつけた。

 俺の方はその辺から落ち葉や乾いた繊維を拾ってくる。

 そしてバッグから火打ち石を出して火をつける。


「陛下。どうしてそんなものをお持ちなんですか?」


 ソフィアが眉をひそめる。


「ふふふソフィアくん。王様はなんでもできるのだよ」


 なんの答えにもなってないがとりあえずごまかせたはずだ。

 俺は石の上に松ヤニを置いて火で炙る。


「お、陛下すまねえ」


 親方、じゃなくて教授は松ヤニをつけて接着した。

 そこに繊維のロープを巻いた。

 次に教授は羽を二つに裂く。

 そしてナイフで竹に溝を掘ってそこに松ヤニをつけて羽を接着した。

 最後にこちらも繊維のロープで巻いて固定する。


「完成! さて30分ほど寝かせたら撃ってみますか」


 俺がそう言うと今まで黙って見守っていた学長が言った。


「まさか……こんなに簡単にできるとは……」


「今回は試行錯誤しながらなので時間がかかりましたが、設計図と作り方が頭に入っている人なら四分の一ほどの時間で作れると思いますよ。それにコイツはもっと優れた機能があるんですよ」


 例えばだ。

 学生や職員でも二時間程度の時間を取ることは可能なのではないだろうか?

 一度に二時間じゃなくてもいい。

 少しづつ作ってもいいのだ。

 俺は手をあげる。


「はい男子。弓得意な人!」


 弓が得意なソフィアにやらせてもいいが、ここは男を立てておこう。

 その方がいろいろ楽なのだ。


「は! 私にお任せください」


 ダズが手をあげた。


「ほいほい。んじゃダズ。そこの木に撃ち込んでみて」


 俺は5歩くらい先の木を指さした。

 弓の競技では100歩先を射貫くらしいが、この弓にはそこまでの性能は求めていない。


「石の鏃で刺さりますか?」


「んー。それを確かめる」


 30分後。

 松ヤニが固まったのを確認して性能テストをする。


「では行きます!」


 ダズが弓を構え弦を引いた。

 俺たちは固唾を飲んで見守る。


「意外に重い弓です」


 ダズが言った。

 バネ秤があれば必要な力と威力が計算できるが、そこまで正確なデータは必要ないだろう。

 俺が見守っているとダズは矢と弦から手を離し、矢が射出された。

 この近さでは矢は放物線を描く必要もなく当然のように木に突き刺さった。


「おっしゃー!!!」


 矢が木に突き刺さると親方も含めた俺たちはハイタッチをした。

 うぇーい!

 ソフィアが「男の子って子ども」って顔をしたが気にしない。

 男はバカな生き物なのだ。


「というわけで成功しました」


 俺は学長の方を見た。


「ですが陛下、現場には弓も矢もありませんでした」


「突き刺さった竹は見つかりましたけどね。落ちたらそりゃ折れますよ。同じ製法とは限りませんし……それにこの武器は使ったら壊して下に投げておけば屋根の破片と判別ができません。ちゃんと瓦礫を分別しましたか? 羽がついた竹があると思いますよ」


 おそらく鏃はまだ被害者の肉の中にあるのかもしれない。

 学長は黙っていた。なんだか態度がおかしい。

 いや責任を追及されるのが嫌なだけだろう。

 なにせ事故と事件では責任の重さが違うからな。


「おそらく犯人はモーリスを射ったんです。それでモーリスはテラスから落下したんです」


 多少の論理の飛躍は認めよう。

 だがこれは何者かによる犯行に違いない。


「ですが陛下!」


「疑いがあれば調べる! これは決定だ! ソフィア、ギュンターとゲイルに知らせろ。本格的に調べるぞ!」


「御意!」


「はい男子! 注目!」


 俺は男子どもにも指令を与える。

 なあに騎士ごっこ程度のものだ。

 それでも騎士のように振舞う経験は重要なのだ。


「力を持たざるものを守れ。それが騎士の誇りだ」


 俺が言うと棋士の卵たちは満面の笑みを浮かべた。


「陛下! 陛下! 陛下!」


 がははははは!

 もっと褒めてもいいのよ!

 このノリの良さ。コイツら大好き!

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