第48話 事務室

 ソフィアと一緒に部屋を後にする。

 すると騎士学科の男子どもがゾロゾロと部屋から出てくる。

 みんな伯爵やら子爵やら男爵といった貴族、しかも有力な貴族の子息だ。

 その中の一人、ジョージ・ワット子爵が学生たちを代表して俺に言った。


「陛下! お供いたします。護衛はお任せください!」


 違う。

 お前らがお供したいのは俺ではなくソフィアだろが!

 てめえらの行動パターンはわかってるんだよ!

 まあいいや。

 兵士を護衛として連れて行くとあれはするなこれはするなと小うるさい。

 まだ同級生の方がいくらかマシだ。

 それにジョージは実質的な学級委員だし、学生でありながら子爵だ。

 なぜジョージが学生でありながら子爵なのか?

 それは貴族株や領地を複数持っている有力貴族は相続人に自分の爵位の一つを譲り渡すことが慣例だからだ。

 爵位を持っているのは箔がつく。

 国王である俺が連帯保証人になるようなものだからだ。

 だから俺の忠実な部下が護衛するという形になるので兵士も文句を言わないだろう。


「んじゃ、とっとと行きますよ」


 俺は王族としては下品に属する態度で学生たちを連れていくことにした。

 財前教授の総回診! と、いった具合にぞろぞろと大名行列が移動する。

 その様は異様としか表現できない。

 いや本当だったら王族である俺はこれが普通なのかもしれない。

 でも俺に行動としては明らかに異常だった。

 寮から出て俺たちは事務棟に向かう。

 俺が正義の味方だと頭から信じているソフィアはご機嫌だ。


「ソフィアさんって趣味とかある?」


「父上との剣術の稽古です♪」


 このお父さん大好きっ子め!

 ソフィアは自分の剣は第二軍の正式なものと信じているが、ギュンターの剣は暗殺者の剣だ。

 剣術に加えて投げ、関節、絞め技。

 俺の本当の父親であるゲイルの暗殺術とは違い死因を偽装する必要のない場合に使う荒っぽい戦闘法なのだ。

 練習のたびに殺されかける俺が言うのだから間違いない。


「へえ。じゃあ今度お手合わせ願おうか」


 腕に憶えがある一人が偉そうに言った。

 お前じゃ10秒持たないぞ。

 俺だって30秒持たないのだから。


「はい! 今度お願いします!」


 はい死んだ。

 犠牲者一名予約。

 俺は呆れるのだった。


 大名行列が事務室に着いた。

 ところが事務室は閉っている。

 ドアには錠がついている。


「閉まっていますね」


 俺はつぶやいた。


「鍵をもらって来ましょうか?」


 ジョージが俺に言った。


「うーん。書類が必要だから面倒だなあ」


 申請書類が必要なのだが人数分の書類を書くのは面倒だ。

 それにもしいじめが存在したら情報が俺の耳に入る前に隠蔽されるかもしれない。

 俺も隠蔽する側の人間だが、俺の場合は責任を取るべき人間には責任を取らせる。

 俺の隠蔽で不利益を被ったのは五年前の事件の被害者であるマーサくらいのものだろう。

 それでも最終的には犯人である叔父貴は情状酌量の余地はあったし、今でも母上の実家で事実上の軟禁状態だ。

 一方的に被害者を悪者にしておさめるようなやり方はしないのだ。

 俺が考えているとソフィアが口を開く。


「壊しましょうか?」


 ソフィアは物騒だ。

 もちろん却下だ。


「壊すのはなしなー。でもどうしようかなあ?」


 俺は鍵を見た。

 ウォード錠だろう。

 ウォード錠というのは鍵の内部に障害が設けられている錠のことで、正しい鍵なら溝が障害に当らず鍵を回すことができるというものだ。

 ピンシリンダー錠以前の鍵だ。

 仕組みが簡単なので基本の形さえ憶えていれば簡単に鍵を複製することができる。

 もちろん解錠も気合の入った鍵でさえなければ簡単だ。

 俺はしゃがむと鍵穴をのぞき込んだ。


「陛下。なにをなさるのですか」


「んー。開けられるかなあって思って……うんこれは基本の型だな。これならいける」


 俺は懐から針金を取り出す。

 こういった道具はいろいろと便利なので常に持ち歩くようにしている。

 国王48の特技の一つなのだよ。

 俺は針金を何回か折って切断するとL字に折り曲げた。

 それを錠前に刺して回す。

 カチリと言う音がして錠前が開いた。


「できた」


「できたんかい!!!」


 冴え渡るジョージのツッコミ。


「ふふふふふ。国王はなんでもできるのだよ」


 なんの答えにもなってないが気にしたら負けだ。

 俺たちは事務室に入る。

 だが人数が多すぎる。

 こういうのは人数が多すぎてもよくない。


「ジョージとソフィアは中で探索。他は部屋の前で待機。教員がやって来たら足止めを頼みます」


「御意!」


 これは騎士と王様ごっこだ。

 両方ともまだ半人前だからな。

 でも騎士学科の学生の自尊心を満たすにはごっこでいいのだ。

 今からこうやって信頼関係を築いていけば後々いいことがあるに違いない。

 俺は書類棚の前にやって来た。

 学生の名簿と書かれたファイルがあった。

 ここ数年で急速に書類は羊皮紙から紙に置き換わった。

 これは俺の改革だ。

 俺は法学部と書かれた名簿を開いた。

 中には氏名と簡単な履歴が書かれていた。

 ただし書式は手書きでバラバラ。

 ワープロや表計算ソフト、それにプリンターがないから仕方がない。

 だが、まだ一年生しかいないから情報は少ない。

 全員分を読んでもたいした時間はかからないだろう。

 俺は名簿を読む。

 モーリス・ケネスのファイルがあった。

 備考欄には庶民院判事の長男としか書かれていない。

 問題行動が目立つ学生なら非行歴が書かれているはずだ。

 つまり手がかりはなしということだ。


「うーん……」


 俺は名簿を見ていく。

 他の学生も問題行動は悪所通い程度だ。

 エロいことしか考えていない十代男子を親元から離せば当然起こることだろう。

 あとは喧嘩とも言えない小競り合い程度だ。

 手がかりはない中、俺はエドワード・リンチの名前を見つけた。


 ガイ・リンチ男爵の死去により男爵位を相続。

 妹、キャロライン・リンチは文学科に在籍。


 なるほど。

 どうりで騎士学科にいないはずだ。

 いい所のボンボンではなくて当主だったのか。

 おそらく領地を持っている地方の貴族ではなく中央の役人の家系だろう。

 日本風に言うと大名ではなく旗本クラスだろう。

 この階級だと普通の商人とも交流があるので庶民だからという理由で下男扱いするような問題行動は取らない。

 だからノーマークだったのだ。


「なるほどね」


 俺は今度は文学科のファイルを見る。

 ついでにキャロラインを調べておこうと思ったのだ。


 法学科に在籍するエドワード・リンチの従妹。

 温厚で成績優秀。


 なるほど。印象通りだ。

 逆に言うと特に書くことはないらしい。

 次に俺はマーガレット・クロウの記録を見ることにした。

 正直言うが俺は人の記録を見るのが楽しくなってきたのだ。


 外交的だが怠惰。

 クロウ商会の次期会頭。


 なるほど。そういう顔だ。

 おれは納得した。

 さて次はお楽しみ。

 フィーナさんだ!


 外交的で真面目。

 ※ 王妃の最有力候補につき失礼のないように!


 ……見なかったことにしよう。

 さあて次はメインディッシュ!

 騎士学科の面々だ!!!

 まずはジョージくんだ。


 ワット侯爵の長男で子爵。

 真面目。


 それだけかい!!!

 見た目そのままだ。

 面白くない。

 次はダズだ。


 広大な農地を持つクイントン伯爵家の長男。

 女性への過剰な興味を持つためトラブルを未然に防ぐため教員は注意すること。


 まんまじゃねえか!!!

 ようっし!

 次は俺のファイルだぞー!!!

 まあどうせ国王って書かれているだろ。

 もうわかってるんだからー。



 ページに行き着くと目に入るのは赤色の書き込み。

 俺の備考欄は赤字で埋め尽くされていたのだ。


 ※ 国王陛下につき失礼のないように!

 ※ 素手で塔の壁を登るなど問題行動多数。陛下の行動には注意を払うこと。

 ※ 性格は温厚だが幼少から英才教育を受けているので子どもだと思って舐めてかかると手痛い反撃を喰らう。もう一度繰り返す。子どもと思うな!

 ※ 非情に頑固なため注意するときはきちんと説得すること。非論理的だと思われたらわざと逆のことをするので注意。

 ※ 弱いものいじめをする人間を決して許さないため教員は細心の注意を払うこと。(普段温厚な陛下だがいじめを発見すると激怒するので注意)

 ※ 激怒した陛下を止めるときは死を覚悟すること。激怒した陛下は猛獣と同じである。

 ※ もし陛下のことで困ったらギュンター卿かローズ卿に相談すること。その場合、ソフィア嬢が派遣されるが陛下になにがあってもソフィア嬢を止めないこと。

 ※ 現在ソフィア嬢の騎士学科中途編入をギュンター卿と協議中。


 俺はファイルをそっと閉じた。

 なんで俺だけ赤字で備考欄が埋め尽くされてるんだよ!!!

 なんなのこの扱い!!!

 俺は思わず後悔したのだった。

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