第27話 闇
闇というのは突き進めば進むほど濃くなるものだった。
俺がハイランダーの末裔で王位に就くべきじゃないから排除する。
それだって充分闇が深い。
俺は王になんかならなくていいと言っている。
なのにガキの命を取る騒ぎになるなんて俺には理解不能の世界だ。
正直言ってバカじゃねえのと思う。
ところが今度のはもっと度しがたい。
侮辱されたから人殺しだってさ。
お前らジャングルの猛獣か何かか?
「殿下。心して聞いてください」
ギュンターさんが恐怖1.5倍増量の怖い顔をする。
それ以上怖い顔を続けるなら予告なしに俺のダムが決壊するからな!
漏らすからな!
「はあ……なにをもったいぶっているんですか?」
俺はギュンターに気の抜けた返事をする。
内心はドキドキだ。
叔父貴の殺人以上の衝撃の展開などあるはずがないだろう。
「シェリル様は陛下とご婚約をされる前はエリック様のご婚約者でした」
「……はい?」
今とんでもない話が出たぞ。
「シェリル様はエリック様の幼なじみでした。ちょうど今の殿下とフィーナ嬢と同じようなものだと思って頂いて結構です」
現在の俺たちは運命共同体というたいへん歪んだ関係だが、それは気にしたら負けなのだろう。
俺たちは生き残るのに必死でも、大人から見たら恋人ごっこをやっている痛いガキにしか見えないのだ。
逆にエリック叔父とシェリルはかなり高い確率で恋人同士だったのだろう。
端から見てもわかるほどの親密さだったに違いない。
……ってちょっと待てよ!
「……親父は弟の彼女盗っちゃったの?」
「極限まで情報をそぎ落とすとそういうことです」
……まずい。
人の女を盗るのは殺人の動機としては十分だ。
イタリアのマフィアも嫁盗んだやつは殺してもいいって言ってるし。
それに王城で頻繁に元カノに会うとか自殺レベルのストレスだ。
つまりエリック叔父貴は王を殺したいほど憎んでいる。
そして……未だに未練たらたらだ。
しかもランスロットが生まれた。
俺とは違い本物の王の子だ。
ランスロットを殺したいはずだ。
だがそれをシェリルは望まないだろう。
そしてその矛先を向けるのには俺はちょうどいい。
シェリルが俺を本当の子どもだと思っているとかはこの際関係ない。
あくまでエリックからすれば、シェリルのものを奪い取る王の手先にしか見えないはずだ。
第三軍内部でも俺を殺せば
よーし♪
死亡フラグがたくさん立ったよー。
よかったねー。
ざけんな!
「ライリー、エリック叔父はマーサを第三軍の宿舎に呼び出した。そこでマーサはエリック叔父を怒らせた。なぜならマーサを合法的に黙らせたければそこで不敬罪とか適当な罪をでっち上げて捕縛してしまえばよかった。でもそれができなかった。叔父貴はキレたんだ。それでマーサの首を締めて殺したんだ……」
「……」
ライリーはあくまで無言だった。
ああ、わかっている。
言えないよな?
「不意の殺人には報告義務がある。それが名誉なものか不名誉なものかわからないからな。決闘や仇討ちだったらもちろん無罪だ。だけどエリック叔父のは女殺しだ。不名誉のそしりは免れない。エリック叔父はそれを隠蔽したかったんだな?」
「……なぜだ」
ライリーが低くうなった。
「なぜお前だけは愛され、将軍閣下だけがわりを食うのだ! 閣下は貴様ら親子にどれだけの辛酸をなめさせられたか! お前にはわかるまい!」
一方的にライリーはまくし立てた。
普通だったら圧倒されたかもしれない。
だが俺は冷静だった。
「シェリルお母様への侮辱。それは弟が王の子どもではないという噂だな?」
「なぜそれを!」
ただの当てずっぽうだ。
マーサは噂好きだ。
俺が出生の秘密を知ったのもマーサの噂が発端だ。
本来ならこんな噂を流したらクビだろう。
不敬にもほどがあるのだ。
……待てよ。
なにかが引っかかる。
「マーサが噂を流したのはわかった。エリック叔父がそれにキレてマーサを殺したのもわかった……お前らが不器用に隠蔽したのもわかった。では俺の暗殺未遂は?」
第三軍の犯行説は未だに有力だ。
それが一番わかりやすい。
だが理に合わない部分が出る。
第三軍の脳筋どもに俺をヒ素で殺すなんていうアイデアが出るだろうか?
この間のように直接殺しに来るような気がする。
それに夾竹桃を使った一酸化炭素中毒もそうだ。
かなり暗殺に詳しくなければ出てこないアイデアだ。
何かがおかしい。
俺はさらに矛盾点をあぶり出す。
「そもそもマーサは噂を流していた。だが下働きが知ることのできる情報にしては重大すぎる情報だ。だとしたら誰が噂の出所なんだ?」
これもおかしい。
俺のことも同じだ。
俺の本当の親がシェリルじゃないことは噂として広く流布されている。
王位継承のために本当の子じゃない俺を正妃に育てさせる。
どうせ乳母などに半分以上丸投げだという計算があるとしてもどう考えても歪んでいる。
血の繋がったメリルに育てさせた方がトラブルは少ないはずだ。
これはこの世界でも珍しいことというか、明らかに異常なことなのだ。
少なくとも噂になるくらい珍しいことだとはマーサたちの反応から推測できる。
彼女たちはこの親の入れ替えにネガティブな反応をしていた。
つまり親の入れ替えは世間体としていいことではない。
普通なら隠すほどの話題なのだ。機密に近い扱いにするに違いない。
なのにみんな知っている。
騎士や下働きまで知っている。
よく考えたらおかしい。
俺はこの世界では当たり前かもしれないと決めつけていたのだ。
じゃあ、誰が噂を流布したのだろうか?
「エリック叔父は……もしかしてはめられたんじゃないか?」
俺はつぶやいた。
「おい、どういう意味だ?」
ライリーが焦った声を出した。
「エリック叔父貴はマーサを殺すように誘導されたんだ……誘導したやつはエリック叔父貴がシェリルに未だに惚れてるのを知ってるんだよ! お前らが俺を殺そうとしたのも同じだ……お前らがエリック叔父貴を崇拝してる脳筋集団なのを見越して俺の殺害を計画するように誘導したんだ……」
ようやく俺は理解した。
俺たちは最初から真犯人の手の平の上で動いていたのだ。
「ライリー教えろ! マーサは叔父貴になにを言ったんだ?」
「ら、ランスロット様のお父様が……エリック様だと言いふらしたんだ!」
「はあ? ねえよ!」
あの真面目なシェリルに不倫のイメージはない。
いやだが……もしかすると……
「……本当に噂なのか?」
「貴様!!!」
ライリーが暴れる。
「念を押しただけだ! お前の方も母親の浮気疑惑の噂を聞いた10歳児の気持ちを考えろ! お願いだから!」
俺は必死だった。
ライリーにまで懇願するほど心が弱っていたのだ。
「チッ!」
ライリーは舌打ちをした。
なにその態度。実際やられるとマジでムカつくわー。
殴るよ。マジで殴るよ。お前。
俺はライリーに八つ当たりをしたかった。
完全に脳が情報の処理を拒否していたのだ。
だから俺はとりあえず否定から入る。
そうだシェリルがそんなことをするはずがない。
絶対にない。
ないからなー!!!
……と思う。
少し自信がない。
王は根暗で陰険で人の話聞かなくて独善的だ。
それに比べてエリック叔父貴は明るいバカで独善的だ。
似たような性格だが明るいだけで評価はまったく変わるのだ。
「……とりあえず母の浮気疑惑の真偽は考えるのをやめましょう。それは本筋じゃない」
「ですが殿下、真犯人がいるとしたら誰でしょう?」
「ギュンター将軍、そもそも噂が流布される前に私の出生の秘密を知っている可能性があるのは誰ですか?」
「そうですね……陛下にエリック様、メリル様、シェリル様、グレイ公爵……それに産婆……」
「産婆は?」
「王室に出入りする人間ですから口が固いものです。ありえません」
「王は?」
「なんのために? 噂で一番被害を受けるのが陛下です。下働きには陛下を人でなしとまで言うものもおります」
「王はそういう連中を放置したの?」
「放っておけとのことです」
「相変わらず動じないな」
「それが王というものです」
ますます王になりたくない。
王の線もないか……
では誰だ?
「じゃあエリック叔父をはめて社会的に殺したら誰が一番得をするんですか?」
「殿下、貴方様です。暗殺の危険性が減ります」
まさかの俺が第一容疑者。
俺は焦りのあまりギュンター用の丁寧語はどこかに飛んでいた。
「俺は違うぞ……」
「わかっています」
「俺以外では誰だ?」
「私を含めた将軍、ランスロット様とその側近、それにメリル様」
「はい?」
なぜメリルが出てくる。
「メリル様は実の母親として殿下を王にしたいと考えてもおかしくありません」
「いや! 待てよ! メリルは気のいい姉ちゃんで……」
「ただの気のいい女性が寵姫として貴方様を正妃に差し出し、ハイランダーを王にする。そんなことができるとでも?」
「……ちょっと待て。そもそもメリルはどうやって寵姫になったんだ?」
これも疑問だ。
誰も真相を知らないのだ。
「メリル様はハイランダー討伐の際の戦利品です」
……なにその復讐フラグ。
俺は震える手でライリーの胸倉を掴んだ。
「エリック叔父貴と直接話をする。お前もツラ貸せ!」
俺はライリーを睨みながら怒鳴った。
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