第23話 フラグを立てろ!
臨時に用意させた執務室。
そこで俺はファミレスの駐車場でだべっているヤンキーのように威嚇する。
俺の横には王国第二軍の中でもギュンターお墨付きの殺しや顔の騎士たちが並ぶ。絵面だけならこちらが悪役だ。
ゲイルはいつも通り陰から俺を警備している。
俺の真正面ではエリック叔父が笑っていた。
「さすが殿下。我が軍の裏切り者を暴くばかりか! 捕縛までしてくださるとは!」
白々しく叔父貴が言った。
「もうお家から出ません」
なんの答えにもなっていない堂々たる自宅警備宣言。
だが誰もツッコミを入れない。
ゲイルがいないとさびしい……
「どうかこの叔父を許して欲しい! まさか獅子身中の虫が第三軍に潜んでいようとは!」
ゆるさいぷー。オマエ犯人。オレ騙サレナイ。
と、一通り頭の中でからかったら逆に頭がクリアになってきた。
俺はいつも通り嘘の量産に入る。
「許すも許さないもありません。家族じゃないですか!」
俺は目をうるうるさせる。
「で、殿下!」
白々しく叔父貴が俺の手を握りしめる。
もちろん涙も流す。
俺の方も白々しく返す。
ああ、なんて薄汚い。
「叔父上。犯人を捜しましょう!」
「殿下もちろんですとも! 私の可愛い甥っ子に手を出す者には地獄で焼かれてもらいましょう!」
俺たちは握手を解き抱擁する。
「はっはっはっは! 一緒に事件を解決いたしましょう!」
「はーはっはっは! そうですね!」
おいおい、よくやるぜこの狸ども。
第二軍の騎士たちは思いっきりそういう顔をしていたが俺は気にしない。
犯人であろうとなかろうとエリックが素直に白状するとは思っていないからだ。
「ところで殿下。反逆者たちを引き渡して頂けませんか?」
やぷー。
「どうするので?」
「第三軍内規により反逆者全員に一人あたり三人の騎士と真剣で戦わせます。生き残れば軍を追放されるかわりに免責となります」
叔父貴は俺たちが捕まえたライリー一味の引き渡しを要求した。
この場合の『内規』とは軍法裁判という意味だ。
軍法裁判所は前世で言うところの特別裁判所だ。軍事専門の裁判所で慣習により通常の裁判所より優先される。
この軍法裁判は軍に所属する騎士の権利だ。王でも軍の裁判に口を出すのは難しい。
つまりライリーたちを引き渡したら自由に口封じが可能なのだ。だが賊の処遇については捕らえたものが決めることができる。この場合、俺と第二軍とローズ伯爵の三者が等しく権利を有している。つまりお断りだ。
「第二軍による取り調べがありますので、それが終わったら引き渡しましょう」
俺は「私による取り調べ」とは言わなかった。「俺は第二軍を仲間にしたぞ」という表明だ。叔父貴が敵だったら面白くはないだろう。
さらには頭ごなしに「断る」とも言わなかった。捕まえた第二軍には取り調べをする権利がある。これを邪魔する権利は叔父貴にはない。
「ふふふ、さすが龍の子だ一筋縄ではいかない」
どうやら叔父貴はバカじゃないらしい。
俺が永遠に取り調べ中ということにして情報と引き替えに釈放してしまうという手段にも気づいているだろう。
「そのあだ名は好きじゃありません。今まで通り子犬で結構です」
俺はわざとらしくオーバーアクションで答える。
「わかりました。どうぞ殿下の思うようになさいませ。ただ後悔だけはせぬように」
叔父貴はそう言うとお供の騎士を連れて出て行った。
「証拠なんて出ないもんね」という意味か?
それとも「さっさと処刑すべきだ」という警告か?
それはわからない。
だが叔父貴との話し合いはこれで終わりだ。
それにこれから腹の探り合いよりも苦手なイベントが待っているのだ。
◇
「ただいまー」
俺は騎士たちと別れると自分の部屋に入る。
数人が俺の部屋の前で護衛につくことになっている。
中のトラップはゲイルが見守ってくれる。
これで死なないですむ。
俺が安心しているとフィーナが会釈する。
「王子殿下お帰りなさいませ」
基本的にフィーナは俺がからかわなければテンプレート通りに仕事をこなす。 大きな旅館の仲居さん的な動きを必死に覚えたのだろう。
この子も苦労しているのね。
少しだけ優しくしてやろう。
「えーっと……」
俺はくわっと目を見開いた。
今こそ前世で習得したギャルゲー力でフィーナを攻略するときが来たのだ!
「今日はずっと一緒にいられるね」
俺は前髪で顔が見えない主人公のようになりながら優しく言った。
どうだ! この圧倒的ギャルゲー力!
ギャルゲー戦闘力は53万はあるはずだ!
「はあ……?」
フィーナは小首を傾げている。
この攻撃をかわすだと……
お、オラのか○はめ波が……
くッ……早くも弾丸がつきた。この展開は予想してなかったぜ!
「殿下……また厨房からワインを盗んで飲みました?」
ばっさり。
人の努力を一刀両断とは酷いやつだ。
しかたない。今度は人間力で勝負だ。
「違うよ。僕は日頃の感謝の気持ちを伝えようと思っただけだよ」
ウインクぱちり。
「そ、そうですか」
俺がさわやかに微笑むとフィーナは頬を赤らめて下を向いた。
くくくくく。作戦成功!
ここでトドメだ。
「君の瞳にバキューン!」
俺はウインクしながら言った。
ほれほれフィーナさんここでツッコミだ。ボケとツッコミが人間関係を深めるのだ。
ホレ早く!
「……」
あっれー? 無反応?
「……」
だ、黙るなよ。
不安になるだろ?
「……王子」
「……はい」
「熱があるんじゃないですか?」
フィーナは俺の額に手を当てる。
なんのツッコミもない。
普通に心配された。
完全なボケ殺しだ。
「少し熱いですね。お医者様呼んで来ましょうか?」
熱いのはあたりまえだ。
恥ずかしくて顔が真っ赤だったのだ。
「……」
黙るしかない。
放置プレーはやめてー! 誰か助けてー!
「やっぱりお医者様をお呼びしますね!」
とフィーナが言ったときだった。
やーめーてー!!!
「私が見ましょう」
ゲイルが器用に木戸から入ってきた。
フィーナもすでに慣れっこだ。
「殿下はゲイルさんに診ていただく方がいいですね」
よくない。
恥ずかしいから!
「風邪でしょうね。良く効く薬があります」
そう言うとゲイルは丸薬を俺に差し出す。
ゲイルは信用できるので俺は確かめもせずに丸薬を口に入れる。
味は……正露丸のエグいやつ。俺はあまりのエグさにお茶をがぶ飲みする。
俺が二重の意味で泣きそうな笑顔を作っているとゲイルが耳打ちした。
「殿下。男の子は失敗を繰り返して男になるものです。一度や二度の失敗でめげてはいけません。渾身の芸が滑ったとしてもです!」
お前ら俺を精神的に追い詰めるつもりだな。
特にゲイル! 一刀両断するな!
俺がブツブツ文句を言いながらベッドに寝るとフィーナが言った。
「もうしかたないなあ。殿下はホント、私がいないとダメですねー」
フィーナは笑顔だった。
うん? あれ?
あっれー?
もしかしてフラグ立ったんじゃないか?
ねえちょっと! フラグ立ったよね!?
いつ? いつなの?
「はいはい。ゆっくり寝てください」
ねえ、ちょっと!
と、俺が必死になって考えているとだんだんと眠くなってきた。
そうだ。このところ睡眠時間が足りなかった。
俺は疲れ切っていたのだ。
俺は限界だったのだ。
そして俺は本当に泥のように寝てしまった。
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