第22話 黒王子と将軍

 俺の周りをローズ伯爵の部下が周りを固めていた。安心感がある。

 全員が無駄に筋肉質なのはローズ家の家風なのだろう。

 こういうわかりやすいの嫌いじゃない。コソコソ裏で動かれて事態が悪化するよりは何倍もマシなのだ。


 翌日になって俺はギュンターを会議室へ呼び出した。

 コソコソ会いに行っても良かったが、今回はちゃんとアポイントを取って第一王子の名で呼び出した。

 名目は『歴史学の講義の受講』だ。ギュンターは歴史学でセージ資格を持っていた。

 いわゆる賢者だ。元の世界なら修士号クラスだろう。調べたら結婚前に貴族の師弟の家庭教師をしていたこともわかった。

 あの顔の怖さで家庭教師の口があるのだからよほど優秀なのだろう。それは俺が王城内でちょっと教えを請いに行くには十分な経歴だった。

 俺がわざわざギュンターに記録に残る方法で話をしにいったのには複数の理由がある。

 一つは「お前らが到達した真実の近くに俺はいるぞ。俺はお前らを出し抜いた」というアピールだ。

 これはとても大きな意味がある。ここで手を引くならば、相手の目的は金か権力目当てだ。

 俺が真実の近くにいる今、俺を抹殺しようとするのはリスクが高い。なぜなら俺が真実を全てをぶちまけて公の事実にしてしまえば、俺が玉座に座る正当性を裏付けることになる。

 俺の立ち回り方にもよるが、初代国王より前の王。その血が流れるハイランダーの末裔である俺に王位を継がせるという歴史的な正しさを支持する者は少なくないはずだ。

 たとえハイランダーを滅ぼしたのが今の王だとしても俺に王位を継がせ、各地に散らばる不穏分子を集めて俺の配下にしてしまえば将来の紛争の種火を鎮火することもできる。

 さらに言えば、俺が自分に降りかかるダメージさえ覚悟すれば、権力争いに見せかけて敵を粛正することもできることだろう。あくまで最後の手段だが。

 ブラック過ぎて笑えない。

 二つ目にはギュンターを正式にこちらの味方つけるためだ。

 正確に言おう。


 「ギュンターがこちらの味方に着かざるを得なくする」


 ギュンター本人がいくら否定しようとも俺の派閥にいるという建前にするのだ。

 敵は第三軍。エリック叔父の軍の中にいる。エリック叔父も敵だろう。 だとしたら単純に同じだけの兵力を味方につけるしかない。


 俺はこの会談で第二軍を手に入れる。


 俺は会議室に辿り着いた。

 並んだメイドが会釈をする。

 ギュンターは先に来て俺を待っていた。

 ギュンターは王族への礼をすると手を差し出した。

 俺はその手を取り握手をする。


「将軍。本日はありがとうございます」


 正式な会談なのでもうちょっと偉そうに言っても良かったが、それは俺の柄じゃない。

 かと言っても相手は年上だ。砕けすぎるのも良くないだろう。

 結局、俺はいつもと同じ口調で話すことに決めた。


「こちらこそ殿下。よろしくお願いいたします」


 ギュンターと話すのは顔の怖さになれてしまえばそう難しくはない。

 ローズ伯爵のように腹の探り合いはないし、基本的にはギュンターは善良な人間だ。

 だからギュンターの不利にならないように気をつけながら話せばいい。


「この間、教えてもらった図書室で『王の剣』の写本を読みました」


「そうですか。古典はどうでしたか?」


「『王の剣』の描写の違いなど今まで知らなかったことばかりでした。古典を読むのは面白いですね」


 俺は確信である『王の剣』について話をした。わかったぞという意味だ。


「そうですか。『王の剣』は王になるものの責任を表してます。殿下はその覚悟がございますか?」


 真相を知ってなお王になるつもりか?

 ギュンターはそう俺に問いかけた。

 ここで軽率に「はい」なんて言ったらギュンターは俺を信用しないだろう。

 ギュンターの俺への期待値はかなり高い。

 なぜならギュンターはかなり前から……いや初めて会ったときから俺を子ども扱いしてない。

 俺が泣いてた本当の理由も知っているのだろう。

 だからこそ俺を対等の存在としてギュンター自身が辿り着いた真相の近くまで導いたのだ。

 だから俺はギュンターへの返礼として本音を言うべきだ。


「私は過去のしがらみからこの国・・・を救うつもりです」


 この国とは王国のことではない。

 ランスロットのことだ。俺は俺にあてがわれた役目を自覚した。

 俺は代打だ。俺はこの国を過去から解放するためにこの世界に転生したのだ。俺は俺自身とこの国をしがらみから解放したら弟に王位を譲る。それが一番の解決方法なのだ。


「そうですか……素晴らしいお考えです」


 ギュンターは怖い顔ではなかった。

 それはギュンター自身もストレスから解放されたような顔だった。


「殿下のお考えはわかりました。このギュンターと王国第二軍は王と殿下のために命をかけて剣を振るいます」


「ありがとうございます」


「ですが殿下、心しておいてください。殿下はすでに各諸侯に注目されています。子犬だと思われていたあなたは実は炎龍の子だった。これからは新たなしがらみが殿下を縛ることになるでしょう。そのしがらみを断ち切ることはできません」


「ええ。民の害になるようだったら遠慮なく斬り捨ててください」


 言葉通りだ。

 俺の存在が内戦の種になったり、俺が暗愚に堕ちたりするようだったら殺せという意味だ。


「かしこまりました。ではランスロット様の貢献人であるグレイ卿へ手紙をお出しいたしましょう。龍が立ち上がったと」


 俺の頭の中で交通事故が起きた。

 これは意外だった。

 まさか外国人だったギュンターがグレイ家と通じていたとは!

 グレイ公爵。弟の後見人だ。

 簡単に言うと正妃シェリルの父親だ。

 つまり俺の『おじいちゃん』だ。

 俺を殺す理由を持っている中では最有力の人物の一人だが、ランスロットが産まれる前にいくらでも俺を殺すチャンスがあったので最初から可能性を除外していた人物だ。

 だがおじいちゃんは動かなかったわけじゃない。

 俺の反応をうかがっていたのだ。


「ぎゅ、ギュンター将軍……グレイ卿の派閥ではありませんよね……」


「ふふふ。さすがの殿下でもそこまでは調べられませんでしたか。私はアカデミーにいたときにシェリル様の家庭教師をさせて頂いていたのです」


 そこでようやく俺は理解した。

 シェリルはエリックを信用していない。

 だから実家にも応援を頼んでいたのだ。

 そしてグレイ卿はシェリルの家庭教師をしていたギュンターに俺を保護するように頼んだのだ。

 おそらく俺が知らない間にいくつも暗殺を事前に潰してきたに違いない。

 そしてグレイ卿とギュンター将軍は俺を試していたのだ。

 じゃあゲイルは……


「げ、ゲイルもグレイ卿の配下ですか」


「いえ違います。彼は彼の思惑で動いています。ですが……私の見たところでは彼はあなたを守るために命をかけているようだ」


「なぜ……わかるんですか?」


「狐狩りで陰から私に向けた殺気……あれは本物でした。首を食いちぎられるかと思いました。あれは相討ちを狙う暗殺者のものでした」


 やはりゲイルは王の手下なのか。

 いったい……ゲイルと王はなにを企んでいるんだ?

 俺はどうしてもそれが引っかかった。

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