第20話 48の秘密スキル

 俺たちの考えは一致していた。

 会場は城近くの平原だ。

 大きな滝があるということは俺たちはどうやら上流に連れてこられたらしい。

 城や街は川の近くにある。

 つまり川を下れば街に辿り着くことができる。


「いたぞ!」


 後ろから怒鳴り声がする。

 俺たちは崖へ走る。俺たちには確信があった。

 兵士は誘拐しようとした。チャンスはいくらでもあったのに殺さなかったのだ。

 つまり先に俺かゲイルになにかをさせたいのだ。

 だから矢で殺されることはないに違いない。

 俺たちは崖の縁に到着する。


「ま、待て! この偽王子!」


 ライリーの声がした。

 ライリーは四人の兵士を連れてすぐ後ろまで迫っていた。


「待ちませんよーだ!」


 俺は余裕をアピールするためにわざとふざけて見せた。

 本当は息が上がってしまって「ばーかばーか!」を言えなかったのだが、幸いにもそれを気づかれることはなかった。


「偽王子。追い詰めたぞ! 大人しくしろ!」


 ライリーが怒鳴る。

 だが俺はニヤニヤと笑っていた。


「げ、げふ……ふふふふ……ぜえぜえ。ライリー、キャニオニングって知ってますか?」


 なぜ俺はこうも格好つかないのだろう?

 不思議で仕方がない。


「なにを言っている。大人しくしろ!」


「へへへへ。知らないでしょうね! じゃあな、とっつぁんあばよ!!!」


 俺たちは迷わず滝が流れる岩場に飛び込む。

 キャニオニング。

 沢下りを楽しむスポーツだ。

 同僚に誘われて行った水上温泉でオーストラリア人観光客に混じって習ったのだ。

 俺の尻は滝を滑り、滝壺に向かう。

 そして岩の終わり直下降の寸前で俺とゲイルはジャンプする。

 ばしゃんと音がし、俺の体は水に包まれた。

 俺はそのまま泳いでいく。

 ゲイルも着水成功のようだ。

 俺の方へ泳いでくる。


「おい! お前、飛び込んで捕まえろ!」


 ライリーが怒鳴った。


「え? いや、この高さですよ! まずは鎧を脱がないと……」


 兵士は慌てて反論する。

 確かに俺もキャニオニングをやったことがなければ嫌がるだろう。

 文明って素晴らしい!


「さっさと行け!」


 くくく。慌ててる。慌ててる。


「ぬはははは! さらばだライリーくん!」


 俺は追いつけないほどの勢いで沢を下っていく。

 川の中の移動にはコツがあるのだ。


「早く行け!」


 ライリーが兵士を突き飛ばした。

 あーあ、なんて可哀想なことを……

 兵士は滝の流れる岩の上を滑る。

 そして岩の切れ目で下に落ちた。

 落ちた兵士の上に滝の水が落ちてくる。

 そのせいで兵士は水面に浮き上がれない。

 複雑な水流に阻まれ泳いで脱出もできない。

 ライリーがよほどの鬼畜でなければ死ぬ前には抜け出すか助け出されるだろう。

 危険だからインストラクターなしで真似しちゃダメよ。


「殿下。大丈夫ですか」


 ゲイルが追いついた。


「ふふふふ。王子が有する48の秘密スキルを使ってしまいました」


 48の秘密スキルには、役に立ったボルタリングやキャニオニングだけではなく、三日であきらめた英会話や、オフィスソフトの資格とか、簿記四級、日本酒マイスターなどがあるのだよ! ほとんどがこの世界では役立たずだけどな!

 ……元の世界でも役立たずだけどな。

 俺は遠い目をした。


「先ほどはつい怒ってしまいましたが、殿下はとても10歳とは思えない判断力をお持ちです」


 もっと褒めて褒めて!


「ありがとう。さあ、さっさと川から上がってズラかりますよ!」


 俺たちは川から上がるとまたもや森に隠れなが移動する。

 ローズ伯爵やギュンター将軍に合流すればさすがのライリーも手は出せまい。

 本当はライリーを捕まえて口を割らせたいところだが、それは高望みしすぎだろう。

 俺たちがしばらく歩くと馬いるのが見えた。敵が近くにいるのだろうか?


「兵士はいないようです。馬を置いていったようですね」


「盗むか……」


「そうですね。では下着以外全部脱いでください」


 んま! そんな破廉恥な!


「……なんで?」


「馬が濡れるのを嫌がるからです。それに重いですし」


「あ、なるほど」


 俺は下着以外を脱ぎ、ゲイルもふんどし一丁になって馬に乗る。


「行きますよ」


 俺はゲイルの後ろへ乗る。

 馬の背は案外高い。しかも揺れる。落ちそうで怖い。

 馬で走っていると、予想通り後方から追跡者が現れる。

 馬車の走った距離から考えて会場は近くのはずだ。

 逃げ切ってしまえばいい。


「仕方がない殺せ!」


 ライリーの怒鳴り声が聞こえた。


「殿下、手綱を持ってください!」


 ゲイルが無茶振りする。


「馬なんて乗ったことありませんよ!」


「いいから持って! いいですか、操ろうなんて考えないでください。馬に全てをゆだねるんです。そうすれば怪我しないですみます」


「りょ、了解!」


 俺は手綱をつかんだまま固まる。

 いや無理言うなって。やったことがなければこんなもんだって。

 ゲイルは兵士から盗んだ石弩を後ろに向ける。

 火器と違って濡れても性能的には問題ないようだ。

 発射すると、馬の悲鳴が響き大きなものが倒れ込む音と男の悲鳴が響く。

 そうか! 馬を狙えばいいのか。


「矢がなくなりました!」


 そう言うとゲイルは石弩を投げ捨て、そして手綱を握る。

 俺はため息をつく。

 あー怖かった。


「殿下、手綱を離しても大丈夫です」


 俺はゲイルにしがみつく。

 手には大量の汗をかいていた。


「よし、石弩用意!」


 ライリーが叫んだ。

 本当に攻撃してくるつもりなのか。

 絶体絶命だ。

 さすがに弓で狙われたらひとたまりもない。

 だがその時、救いの主は現れたのだ。

 重量級の馬の足音が聞こえてくる。


「殿下―!!!」


 翻訳:我が家の時代は終わってなかったぞー!!!


 板金鎧に身を包み、顔部分が空いたヘルメットから血走った目が見えるローズ伯爵だった。

 突撃槍ランスを構え目立つように家紋入りの旗まで装着している。


「うおおおおおおおおお!」


 ローズ伯爵のまったく手加減のない突撃チャージで兵士が漫画のように吹っ飛んだ。

 そのせいでばこんという音とともにランスが砕ける。残念、競技用の槍か!

 ライリーは青い顔をしてローズ伯爵の突撃をかわした。

 ローズ伯爵は急停止するとゆらりと家紋入りの旗を抜きランスレストに装着した。

 ローズ伯爵は旗を槍にするつもりなのだ。

 怖! そういう使い方もできるのか!

 この国の貴族って恐ろしく有能だな!


「行けい! シルバー号!!!」


 馬が突撃を開始する。


「ひいいいいいい!」


 その迫力だけで数人の騎士が落馬。

 なぜか俺は敵の方に感情移入する。

 いやだってどう考えてもローズ伯爵って怖いだろ?


「ふははははははははは!!!」


 ローズ伯爵は旗で突き刺すほど鬼畜ではなかった。

 その代わりに騎士たちが勝手に自滅していく。

 あまりにも実力差があったのだ。

 騎士たちは呂布を前にした農民の気分だっただろう。


「こんなはずじゃなかったこんなはずじゃなかったこんなはずじゃなかったこんなはずじゃなかったこんなはずじゃなかったこんなはずじゃなかった」


 ライリーはぶつぶつと唱えていた。

 同感だ。ローズ伯爵の理不尽な戦闘力だけは俺も計算してなかった。

 あれは反則だよな。


「逃げられると思うなよ小僧!!!」


 完全に悪役のものだが、これはローズ伯爵の台詞だ。

 その言葉は嘘ではなかった。

 前からはローズ伯爵の家臣が俺を保護しに来ていた。


「殿下!」


「裸なのによくお分かりになりましたね……」


「伯爵様が殿下のお姿をその目に焼き付けろと全員に指令を出されました」


 ローズ伯爵が味方で良かった。

 あらゆる意味で有能すぎる。

 あんなのが敵だったら暗殺とか必要ないし。

 俺が驚いていると馬が突如「びひん!」と怯えはじめる。

 もしかして……あの人まで来ているのか!


「殿下! 怪我はありませんか!」


 やたらどでかく凶暴な顔をした馬に乗ったギュンター将軍だ。

 遠くからでも一発でわかる。

 馬が怯えるからな。


「殿下、遅れて申し訳ありません。私の顔に怯えない馬はこのジュリエットだけだったもので……」


 その凶暴な顔をした馬は女の子らしい。


「ぶひひん」


 ジュリエットは俺たちの乗っている馬にウインクした。

 びくっと馬が動揺する。怖かったらしい。

 おーよちよち、怖かったな。俺たちを落とさないなんて偉いぞー。

 俺は褒めまくる。

 馬は「いじめられたのー」という顔をしていた。

 おーよしよし。


「ライリー。大人しく捕まりなさい。全てを話してもらいますよ」


 俺は冷静に告げた。この際すっぽんぽんなのは気にしてはいけない。


「……ふふふ。負けました」


 ライリーは笑っていた。

 だが俺はライリーには興味がない。

 コイツは雇い主のことは話さないだろうし、それよりもっと気になることがあったのだ。

 俺は馬から伯爵に行った。


「ベンは!? 怪我したんだ!」


「殿下、大丈夫です。騎士は助けました。意識は失ってましたが命には別状ありません」


「はあ、よかった……」


「このローズ。感動いたしましたぞ! 騎士にまで気を払われる。殿下は素晴らしい王になることでしょう!」


「いやそうじゃなくてね」


「殿下、反論しても無駄です。手柄は殿下のものに、失態は各諸侯に。それが政治です」


 どうにも俺の知らないところで俺を王にしようという動きが活発化している気がする。

 その懸念通り、俺は貴族社会で『賊を倒した英雄の卵』と噂されることになった。

 全ては嘘にまみれ話は大幅に脚色される。なんと俺が三人もの刺客を倒したことになっている。

 どうしてこうなったよ!

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