第3話 黒王子と哀れなメイド

 さて、まとめよう。


 俺は正妃の息子だと思ったら寵姫の息子だった。

 弟は正妃の息子。

 だが公式設定上では俺は正妃の息子。

 つまり継承権は弟より上。

 しかも王は弟が生まれて一ヶ月も俺を廃嫡する話をしていない。

 つまり次の王は今のところ俺。

 弟を国王にするためには俺を殺すしかない。

 でも実際は俺が寵姫の息子なのは下働きのおばちゃんも知ってるレベルの情報。

 客観的に見て、下働きのおばちゃんですら正妃が俺を殺すと思っている。


 なんだろう。

 この存在が一級死亡フラグ建築士と化した俺。


 いや、でも……

 俺は母親である正妃を信じている。

 俺を殺すような人じゃない。

 なにせ融通の利かない学級委員長タイプだからな。

 卑怯な手は嫌いなのだ。

 それに10年も親子でいたのだ。

 情はあるはずだ。

 な、そう思うよな?

 え、マザコン野郎?

 ま、マザコンちゃうわ!

 マジで違うって!



 さてここまでが悪いニュースだ。

 そして最後に残った地獄だが……


 俺の目の前に食事がある。

 俺の昼食だ。

 俺たちは王族だ。

 家族全員で食事を囲むことは少ない。

 国王はどこかの貴族と会食している。

 正妃もどこかの貴族の奥方たちと楽しく昼食をとっている。

 寵姫は今日は休みだ。

 でも昼から酒を飲んでいるに違いない。

 幸い今日はどの貴族も子どもは連れてきてないので、俺も仕事は休みだ。

 なので自室で昼食となっている。

 メニューはパンとスープ、それにチキン入りのオムレツ。

 一見すると豪華な料理だが、昨日の晩餐会の鳥の残りを使ったものだ。

 壮絶な使い回しだ。

 王宮は以外に質素なのだ。

 と言っても、俺は前世で三食カップラーメンという生活を体験している。

 この食事にはむしろ感謝している。

 さて、ここに取り出したるは、顔が映りそうなほどまばゆい光を放つスプーン。(……だったものだ)

 舞踏会のときに王が使う食器の一つで、自分の出生の秘密を知ったその日に俺が盗んできたものだ。

 あくまで念のために、である。

 その銀食器が……



 ドス黒く変色していた。



 銀食器は毒殺が多かった時代に毒を見分けるために使われた。

 俺もそのことを知っていたので念のためにこいつを使うことにしていた。

 銀が黒く変色する代表的な毒物はヒ素だ。

 ヒ素自体に反応するのではなく、純度の低いヒ素剤に含まれる硫黄と反応するのだ。

 説明するまでもなくこいつは猛毒だ。

 卵でも反応するが俺はまだ卵料理には手をつけていない。

 要するに俺に毒を盛ったヤツがいるわけだ。

 涙が出るね。


 俺は自分付きのメイドを見た。

 名前はフィーナ。

 俺と同じ年のガキだ。

 誰かが俺には同じ年の話し相手が必要だと気を回したのだろう。

 メイドと言っても王族付きなのでそれなりの家柄だ。

 フィーナもたしか伯爵家の三女だ。

 あわよくば王子の愛人に。

 子どもでも生まれれば実家は左うちわだ。

 そういう薄汚い思惑にはあえて逆らいたいと思う。


「フィーナ……意味はわかりますか?」


 俺は巨大な猫を被りながらなるべく優しく言った。

 涙目のフィーナは首を横に振った。

 最悪だ。

 何も知らないガキを暗殺の道具にしやがった。

 首謀者には地獄を見せてやる。

 内心キレながら俺はフィーナへスプーンを見せつける。


「銀のスプーンが黒く変色してます。銀は毒に触れると変色するんです」


 何事もなかったような態度に見せるように細心の注意を払いつつ俺は言った。

 ここでギャン泣きでもされて事件が明るみになったらまずい。

 なぜなら、犯人は俺を殺そうとしたのか、それとも母親のどちらかを嵌めるためか。

 それともフィーナの実家に恨みがあったのか。

 今の時点では意図がわからない。

 迂闊に動いたら相手の思うつぼだ。

 何もなかった。

 何も起こらなかった。

 俺もフィーナも何も知らない。

 それしかない。

 こいつは全力で揉み消さなければならない案件だ。

 ところが俺の思考について行けないヤツがいた。


「わ、私じゃありません! あ、あの、誰か人を呼んで来ます!」


「アホかお前! お前のせいにされて実家潰されるぞ!」


「みゅッ!」


 ついブチ切れて地が出てしまった。

 俺の剣幕にフィーナはグスグスと鼻を鳴らした。


「とにかく全力で隠蔽するぞ! お前は料理を捨ててこい! ただ捨てるだけじゃねえぞ。家畜が死ぬからな。ちゃんと穴掘って埋めろよ」


 俺は食事を捨てることを命令する。

 だがフィーナは固まっている。


「おい!」


 俺は壁に手をぶつける。

 いわゆる壁ドンだ。

 残念なことに愛の告白でも格好良くもない。

 ひたすらみっともないだけだ。


「ひゃい!」


 俺は黒王子モードになる。


「いいか。今からお前は一生俺の子分だ。逆らったらどうなるか? わかるな?」


「ひゃ、ひゃい……ぐす」


 フィーナはグスグスと泣いている。

 心が痛い。

 どんな意図があろうとも俺は無垢な少女を恫喝した。

 それは事実だ。

 確かに俺はクズだろう。

 だが仕方がないだろ?

 俺もフィーナも上手く立ち回らなければ死ぬ。

 俺はまだ死にたくない。

 たぶんフィーナも死にたくないだろう。

 目的は一致している。

 だから俺に脅されるくらいは我慢してもらおう。

 もうちょっと分別がつく年齢になったらいくらでも頭を下げてやる。


 フィーナは涙ぐみながら怪物を見るような目を俺に向けている。

 そんな目で見るな。

 覚悟はしてたが罪悪感で胸が締め付けられるからやめろ!


 フィーナの非難めいた目を見ながら俺は必死に考えていた。

 どうすればいい?

 こちらは相手の意図も、敵か味方かすらもわからない。

 だが俺に危害を加えることに失敗したことを向こうはすぐに知ることになる。

 第二第三の罠が待ち構えているはずだ。

 どう考えても俺は不利だ。


 ……いや違う。


 なにか武器になる要素があるはずだ。

 考えろ。

 なにかあるはずだ。


 まず俺は自分の目的を考える。

 まずプロジェクトのゴールを決めておく。

 これは重要なことだ。

 プロジェクトのゴールは俺が生き残ることだ。

 もちろんフィーナもだ。

 俺が犯人だったら俺が死んだ後にフィーナを口封じするだろう。

 かと言って無茶はできない。

 二度目の転生の保証はないからだ。

 二人とも生き残らなければならないのだ。


 次に考えるのは犯人の目的だ。

 それには自分を知らなくてはならない。

 なぜ自分が暗殺の対象になっているのか。

 弟を王にしたいからだ。

 つまり、俺に王の可能性がなければ暗殺をする必要はない。

 ふむ。

 そうか。

 簡単な方法があるな。


 その時、俺の頭の中に実にシンプルな方法が浮かんだのだ。

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