第2話 プロローグ 其の2

 弟が生まれて一ヶ月ほど過ぎた頃だろうか。

 いつものように俺は夜になって召使いの食堂に忍び込んだ。

 いつものようにだ。

 酒をほんのちょっとだけ飲もうと思ったのだ。

 残念でしたー。

 この世界では違法じゃないもんねー。

 でも成長に悪いからほんのちょっとだけ。

 大人の記憶があるせいか飲酒だけはやめられない。

 いやホントちょっと舐めるだけだから。

 なんて言い訳しながら大きなジョッキに葡萄酒をドボドボ注いだときだった。


「まったく、嫌になっちゃうよ! マーサ」


 召使いの声が聞こえた。

 それは下働きのおばちゃんだった。

 マーサとバンクシー。

 噂話の好きな下働きのおばちゃんだ。

 まずい!

 飲酒がバレたら母親に怒られる。

 ほら、酔うとバカになるじゃん。

 だから母親のシェリルは葡萄酒は頭に悪いと思っているのだ。

 二人に見つかったら明日には母親に耳に入る。

 やばい怒られる!

 理詰めで説教される!

 完全論破される!

 俺はそれを恐れ、とっさに物陰に隠れた。

 心臓がバクバクと高鳴っていた。

 少し「ソリッドなスネークさんみたい!」とか思って喜んでいるのは内緒だ。


「バンクシー、まったくあの王子のせいで!」


 その言葉を聞いた瞬間、脈がどきんと跳ねた。

 俺の事だろうか?

 俺は焦った。

 嫌われるようなことはしていない。

 むしろ良い子という仮面を被っていたはずだ。

 天使のような笑顔で、頭が良く、聞き分けがいい。

 召使いや騎士たちにも優しく、面倒は起こさない。

 さっさと文字を覚えて大人しく本を読んでいるし、適度に体も動かす。

 わがままも言わないし、イタズラもしない。

 子どもであることを最大限利用したエロいたずらなんていうも自重している。

 俺はそんな大人にとって都合の良い子どもをちゃんと演じきっていたはずなのだ。

 お前ら良い子好きだろ!

 嫌われる要素など一切ないはずなのだ。


「まったく、あの王子が生まれたせいで私たちの身も危ないよ!」


 生まれた王子?

 弟、ランスロットのことだろう。

 なぜ召使いに都合が悪いのだろう?

 そこまでの影響力はないだろうよ。


「マーサ、一番お可哀想なのはレオン様だよ! まったく、母親だと思ってた女に殺されるんだからね。気分が悪いよ!」


 いまなんつった?

 母親だと思ってた女?

 オイコラ待ててめえら。

 今のはどういう意味だ!?

 次の瞬間、俺は二人の前に飛び出した。


「母親だと思ってた女ってなに?」


 二人は口を開けてぽかんとしていた。

 俺は反論やごまかしをする間を与えないでまくし立てる。


「教えて!」


 俺は必死になった。

 こういうときは気合が一番重要なのだ。

 普段穏やに振る舞っている俺の必死の形相に焦ったのか二人は簡単に口を割った。


「あ、あのレオン様……実は……」


 それは俺の間抜けさを呪う内容だった。

 そう、母親だと思っていた正妃シェリルは俺の母親じゃなかった。

 確かに思いあたりはあるにはあった。

 俺とシェリルは顔も性格も似ていない。

 髪の色も目の色もだ。

 顔だってシェリルはなんというかキツい顔の美人だ。

 それに対して俺は子犬顔だ。それも派手な洋犬顔なのだ。

 親父似と言い張るのも無理がある。

 俺の本当の母親は寵姫メリルの方だったのだ。


 そう、なんでやたらウマが合うのか。

 なんでライバルの子どもをかわいがるのか。

 なぜ俺が栗毛なのか。

 なぜ俺とメリルは顔が似ているのだ。

 今まで疑問にも思ってなかった。

 考えれば当たり前のことだったのだ。

 シェリルと王の間には子どもができなかった。

 そこにメリルが妊娠した。

 メリルの経歴は謎に包まれている。

 誰も知らないし、誰も語ることができない。

 ゆえにどこの馬の骨ともわからない寵姫の息子が王になるのはまずいという意見が出たのだろう。

 そこで王に誰かが進言した。

 第一王子が正妃の息子なら問題なかろうと。 

 

『自分の子どもを取られて黙ってるのかこのクソビッチ!』


 いやいやいやいや。

 当時17歳の女の子に無茶言うな。

 他人は全て有能な完璧超人だと思うのはストレス溜まるからよくないぞ。

 現代だって養子に出すことを考える年齢だ。

 この世界じゃ権力を敵に回しての子育てなんて無理だ。

 メリルには選択肢なんてない。


『正妃も子どもを作ればいいじゃない』


 でもそれは現代医学や出産への適齢年齢を知っている現代人の言い分だ。

 この世界では出産は生死をかけた一大イベントだ。

 この世界の出産は結構な確率で死ぬ。

 しかも子どもの死亡率も有り得ないほど高い。

 王城の書庫にある十年前の資料によるとだいたい四割は生後一年以内に死ぬ。

 産婦人科も帝王切開もないし抗生物質もないからな。

 人間って言うのは案外弱い生き物なのだ。

 なのでこの世界では不妊治療なんていうのはない。

 それゆえに出産適齢期の女性が妊娠しないという事実は元の世界に比べて格段に重い。

 バンバン生んで、バンバン死んで、生き残ったのが家を継ぐ。

 正直言って気分は悪いが、そういうシステムだし、そういうシステムじゃないと滅びるだから仕方がない。

 ゆえにこの世界で重要なのはあくまで結果だ。

 現在子どもはいない。

 それだけが重要なのだ。

 シェリルは子どもができなかった。

 今できないということは、これからもできない可能性が高い。

 そこに寵姫に子どもができた。


 よっしゃー!

 正妃の子どもにしちゃえば一件落着だね!


 と、誰かが言いやがったのだ。

 ……これ最初に提案したヤツ、あとで泣くまでぶん殴る。

 泣いても殴るのを止めない。

 他人がとやかく言う権利はないが、俺にはぶん殴る権利があるからな!


 しかもこのたび正妃に本当の子どもができました!!!

 ボクちゃん一気にいらない子。


 これが小細工の結果なのだ。

 てめえ憶えてろ!

 てめえのせいで俺はややこしい立場に置かれたんだからな!

 地の果てまで追いかけてぶん殴ってやる!

 俺は心に誓った。

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