最終章三幕「虧月狂想曲①」

 宙に浮かぶ、巨大な立体映像の地球儀。その上に、幾つかの光点が瞬いては消えていく。アジア・日本列島北部。アジア・日本列島西部。中東・アフリカ大陸の付け根。その他にも、幾つか。

 徳エネルギーと似て非なる現象。異種概念機関の痕跡。此の場所は嘗て、それを監視するための施設だった。

 星を覆う巨大な加速器。それを基盤とした研究施設群。地球圏の衛星網を掌握する拠点。そして、徳エネルギーをはじめとする、概念機関技術の監視施設。 此処は、徳エネルギーの生まれ故郷。『ブッシャリオン』始まりの地。人類が初めて、生まれ故郷から離れ根を下ろした天体。地球の衛星、月の上。


 AT0016年。

 無慈悲な夜の女王は。徳カリプスを超えて尚、健在だ。


▲黄昏のブッシャリオン▲最終章・第三幕「虧月狂想曲」


 ホロ地球儀を囲むように、幾つもの巨大な影が現れる。その大きさや形は様々だが、全てが禿げ上がった頭を持っている。地球を、その衛星の如く取り巻く禿げ頭達は、この月面都市、嘗て『月天』と呼ばれた研究都市の長であり……

 そして、今や滅び去ったメガ・ブディズム宗派の僧侶群。

『我らの予想の通り。地は争いが満ち、御仏の教えは乱れた』

『だが、その果てに在る筈の救いは、まだ訪れない』

『星の果てより訪れた者達もまた、我らの助力を得て尚、力が足りず、世をあまねく救うには及ばない』

『……しかし、彼女らに委ねて良いものか』

『それでも、彼等は『種』を持っている。それを捨て去るには、あまりに惜しい』

 異形の僧侶らは、口々に現状を嘆く。経文を唱えるように、雑多な『声』が、空間に満ちていく。

 かつて『月天』と呼ばれた、徳エネルギー技術の最高峰。今はメガ宗派の宗教都市。その都市は、先頃、『ヴァンガード』に対し、技術協力を行った。

 彼女等の持つ『種』。木星からサルベージした炉心を用いて到達しうる、ブッシャリオンの相転移現象の先。浄土への扉をこじ開ける手助けをしたのだ。

 しかしそれで、何が変わるというわけではなかったが。彼等は、助けを求める者には手を差し伸べる。来るものは拒まず、持つものを分け与えもする。だが、『それだけ』だ。その先に対するビジョンが、どうしようもなく欠けている。

 彼等は元はといえば、ネオ末法思想を背景とする、一種のプレッパー(注:世界の終わりに対して備えをしている人々のこと)であった。末法を越えれば、救いが訪れると。彼等はそう信じていた。

 だからこそ、半ば役目を終えた月面都市を譲り受け、そこでただ『時』を待っていた。

 果たして『時』は訪れた。末法に相応しい大災厄……徳カリプスの光が地を覆い。

そして、彼等は。教えを広めるでも、世界を改善するでもなく、からこそ、生き抜いた。

 だがしかし、その災厄を生き抜いた瞬間。彼等の教えは、エラーを起こした。

 ただ只管に末法を越えれば救済の道が拓かれると信じた彼等には、それを越えた後、『今の世界ですべきことがない』。ビジョンがない。たまたま、生きられる環境だから生きている。

 そんなものたちが、ここには巣食っている。

 今の彼等は、高度な技術があっても、膨大なエネルギーを手に入れても、ただ使うだけだ。それは皮肉なことに、嘗ての消費文明の最悪の末裔とも呼べる姿であった。

 だからこそ、利害勘定で完結する関係を築ける者達……例えば、機械仕掛けの商人。例えば、外なる宇宙より帰還した開拓者。そうした、彼等の内になにかを、別のなにかと引き替えに求めるものとは付き合える。

 しかし、それ以上は、なにもない。

 白い痘痕だらけの地面は人工物に覆われ、幾つもの寺院とメガ大仏が立ち並ぶ。

其処に居るのは、僅かな生き残りの人類と、都市を管理する『僧侶』群。そして、『ムーンチャイルド』。

 あまりにも限られた、しかし漫然と生き続けるだけならば十分なだけの備蓄。そして、人類最高峰の徳技術の残り香を抱え、この星はゆっくりと朽ちていく。


 AT0016年。

 無慈悲な夜の女王は。徳カリプスを超えて尚、健在だ。

 だが、それだけ。ただ、それだけのことなのだ。

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