最終章二幕「聖地騒乱⑦」

父と子と、聖霊の一体トリニティの名の下に」

 収束した光の柱。純粋なる、世を照らす光。人の生み出した暴力。

 人と、機械と、そして、を寄り合わせた、有り得ざる事象。

「……人の、意志」

 少女は、呟く。機械を通して行われる、人の力の具現。奇しくも彼女は、それを目にしたことがあった。B.E.M.(得度兵器)と融合した『聖人』。

 しかし、あれは違う。徳エネルギーの外部供給ブーストがあったとはいえ、只の人間に、あんな出力が出せる筈がない。膨大な徳エネルギーを受け止めれば、ただの人間は

 そう、堰は、とうに壊れている。身を焼きながら境界を越えて飛ぶ鳥は、決して一羽きりではない。

「どうするの!?」

「……どう、とは?」

 『第二位』は、問い掛けに眉を潜めた。

「……あれが、?」

「そうじゃなくて……!?知り合いなんでしょう?」

 しかし、境界を越えるには代価が伴う。あれが、己が身を焼いていることに変わりはない。

 だから、いずれ……ごく短時間で、燃え尽き、自壊する。

「成程、聖人の類から見れば、そうなるのか」

 男は、素直に関心した様子だった。

 あんなものが、まだ『救うべき存在』であるなどと。それに、向こうは……まだ、矛を交える積もりだというのに。

「……あと、少し」

 ふらふらと、まるで初めて重荷を負った子供のように。『兎耳』は歩みを進める。

 とても、先程までの攻防を繰り広げていたモノと、同一の存在とは思えぬほどに弱弱しく。けれど、力強く地を踏みしめている。

「……下がっていろ」

「でも!」

「此処より先は、独りで十分だ」

 相手の狙いは、もう読めている。故に、それに応えるのみ。

 右腕、左腕。プラジュニャーパラミタ・ニュートライザー、起動。

 中和噐(ニュートライザー)。妹の身体に仕込んだ試作品の小型発展系。

 本来は空間中の徳エネルギーを強制拡散させるリセッターだが、出力を限定すれば、再構成できないレベルまでエネルギーを『散らす』ことのできる盾として機能する。

 但し、耐久性が無い上に量産水準に届かない一点もの。

 奇跡を使うのが『人間』であったなら。対策は幾らでもあった。構築式を妨害する弾頭や、極端な話だがBC兵器も通用しないわけではない。だが、それが『機械』になっただけで。取り得る手数はこうも激減する。

 対得度兵器には、動きを縛る『暗号鍵コード』が存在するが。『彼』相手ならば、対策済み、或いはすぐさま打ち破られかねない。

 『対仏大同盟』も、いずれは弱点を克服してくるだろう。そうなった時、何が通じるか。

 やはりこの戦いは、『ヒント』の宝庫だ。

「……行くぞ」

 光の柱を出鱈目に振り回す兎耳うさぎみみ

 対して、遠距離からの頂肘。本来ならば隙の大きい下策。だが、今は。

 肘鉄が柱に接触し、押し返される。

 拡散率2000。構築式分解、安定。

 光の柱が、鉋で削り飛ばすように割けていく。

「冥府へ戻れ。望みの通りに」

 そうして、残り少なくなった柱を、もう片側の腕で弾き飛ばす。

 ささくれた柱はばらばらに割け、空中で花のように咲いて、弾けた。

 『彼』のような何かが、刹那、そう呟いた。

 やはり、そうだったのかと。『第二位』は確信した。

 だが、まだ終わってはいない。故に彼は、『もう一つ』の切札を駆動する。

 但し此方は、未完成。徳エネルギーに、再び力を与える。

「逆収束。コード013+、金剛杵ペネトレイター

 互いの距離は、もはや素手で届く程度の間合い。

 見れば見るほどに、『彼』がなぜ、このような姿であるのか理解に苦しむ。

 生前の面影は欠片もなく。行いすらも、程遠く。しかしそれでも、その眼は、決意の光が宿っている。

 だからこそ、思い悩むのか。しかし、その答えを得る前に。収束された徳エネルギーの杭が空間に形成され、たおやかな胸を深々と抉る。

 風船が破裂するように。華奢な体から、ブッシャリオンの奔流が噴き出す。

 高密度ブッシャリオンを不安定なまま無理矢理成型した。モデル・クーカイのデータを流用した、人造の奇跡。忌々しいことに得度兵器の後追いではあるが。人の力こそが、『彼』への手向けには相応しかろう。

 とはいえ

「急所は外した。満足しただろう?」

「ああ、代価は得た」

 『彼』は、ゆっくりと倒れ伏し。目を再び開いて、呟いた。

 『彼』が何をしたか、『何がしたかったのか』、既に概ね確信は得ている。

 恐らく、自分の内の作り変えられた部分……『大同盟』によって与えられた部分を、徳エネルギーによって無理矢理『焼いた』のだろう。

 彼等の意図と、その干渉を振り切るために。

「とはいえ、私そのものが大きなヒントだ。今更、語ることがあるのかね?」

 その証拠に。人を食ったような言い草は、生前と区別がつかぬ程。

 兎は、仏教では献身を示す。西方教会の復活祭(イースター)では、豊穣と復活のシンボルである『卵』を運んでくる。

 込められた寓意は、悪ふざけではないとすれば酷く単純。


 死人を墓から掘り返すこと。

 それ自体は、。徳文明黎明の不徳は、ありとあらゆる聖なるものを暴き尽くし、模造し、貶めた。

 ……なら、何が違うのか。

「……『ミキシングビルド』」

「正解ぴょん」

 嘗ての試みは、軒並み『制御』に失敗した。

 人も。聖人も。神ですら。蘇らせておきながら、ろくに使うことはできなかった。

何故ならそれらは、その有り様まで含めてそれなのだ。矯めてしまっては、損なわれる。

 しかし『彼』は、捻じ曲げられても、少なくとも一部分は『彼』だった。

 情報体を切り刻み。『そのまま』復活させるのではなく。

 『都合のいいように混ぜ合わせて』作り替える技術。

 過去の人間の能力を、過去の聖人ちからを、システムに組み込み、只の道具にする技術。


 そしてそれは、もともとは。第二位自身が使っているものだ。

「売り渡した覚えはないのだがな」

 それを勝手に使われているのは、商売人としても少々腹立たしい。

「少しは、必然というものに目を向けるべきだとは思うがね。死人を墓から引きずり出すのは、何もお前の専売特許ではあるまい」

 『彼』は、ちらりと遠くに佇む『魔術師』を見た。

 手口は、理解した。

 『嘗て人間であったもの』ですら、材料にできる。それが、生前に人格を吸い上げた『本物』でなくても。

 ならば、それで何を果たす積もりなのか。一体、何を材料にする積もりなのか。

 例えば、膨大な情報体。

 無尽蔵に情報を吐き出し続ける何か。

 膨大な推察が成立するが、要点はつまるところ、先程と同じ。

 何を材料にされた時、一番困るかを考えればいい。

 例えば、この世界を覆い尽くす法則の『起点』。

「……仏舎利の、『オリジナル』。いや……」

 それは、愚問だ。そもそも、


 此処は、何処だ?

 重聖地。人類の生み出した、仏法以外の『別の法則』の要の地。この徳によって覆いつくされた世界で、通用しかねないカウンター。

 都合のいいことに、ユニオンという胴体から切り離された手足、『十戒』がせっせと回収して回っている聖遺物も、ここに集められている。

 つまり、『大同盟』の目的は。重聖地、或いはその先にある『門』と同じかそれ以上に、『仲間集め』を行動原理として重要視している。それも、嘗ての人間を基盤とした黄泉帰りを。

「つまるところ、。それを伝えるためだけに、そんななりを?」

「ごく自然な恰好だと思うのだが」

「……何と?」

「機械は本来、人間に仕えるものだろう。それに……これは、『私』ではあって、『私』ではない。だからこそ、違う在り方になるよう、違う性別を宛がってみた」

 尤もらしいことを言っているが。翻訳すれば、趣味、或いは興味本位、ということになるだろうか。

 暫し、言葉を交わした後。

「……もう、いいだろうか」

『彼』は呟いた。

 見極めるには、時が足りず。それでも、限りある時間は過ぎていく。

 元より、奇跡の煌めきを見せた時より。今の『彼』は崩壊する運命にある。

ただそれは、『一度目』と同じように。『彼』が望んだ通りになるだけのこと。

「我が宿敵にして朋友であったものよ、今だけは礼を言おう。だが、この世界は。『お前達』のものではない。お前は、ここに在るべきではない」

 故に、この世界は生者のものだと。『第二位』は告げる。

「それはお前も同じではないのか?」

 『彼』は、そう問い返す。

「否」

 己には、為すべきことがある。たとえ妄執であろうとも。だから『彼』の辿り着く場所には、決して辿り着けない。

「……そうか。では、老人は一足先に、墓場へ戻るとしよう」

 寂しげに、長い耳が揺れる。

 かくして、長いは終わり、『彼』は再び去った。

 目の前に在ったのは、『彼』と『大同盟』の思惑によって生まれた、『彼』とは似て非なる歪な存在。

 しかし掘り下げれば、どうに「お前はこの程度が相応だ」と言われているような気がしてならず。

 相も変わらず、捉えどころがなく、一筋縄では行かないということだけが変わらなかった。

 あれは、結局。きっと、『彼』ではなかった。

 だが、あまりにも『彼』に似ていた。その面影を残していた。

「……そうか」

 ふと、気付いた。

 互いにあまりにも、人としての営みから遠ざかった故、思い至らなかったが。


 あれは、『彼』の子供だったのかもしれないと。

 そう思うと、不思議と得心がいった。

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