最終章二幕「聖地騒乱⑥」


 『もとが人間であること』が、徳エネルギーとの親和性に繋がっている。それは即ち、人としての在り方を損ねて尚、『何か』を残滓として留めている、ということだ。

 徳エネルギーはこうしてな振る舞いを見せることが度々ある。だから、仏法に基づき、徳と重ねたことは、皮肉でもあったのだろう。

 仏教には、『無記』という概念がある。仏法は、少なくともその始祖は。世界の成り立ちも生命の定義も語ろうとはしなかったのだから。

 徳エネルギー演算器。それが生まれた時、最初の矛盾があった。

 半導体と、演算器。その中を蠢く電子、或いは量子の流れ。それらと違って、ブッシャリオンは素粒子そのものが情報を蓄積する性質を持つとされていた。だからこそ、『気紛れ』だった。時に、其れそのもの自体が、あたかも意志を持つかのように。

 それは、僅かな誤謬。或いは、杞憂に過ぎい筈だった。仮に、情報だけの命があるとするならば。『徳エネルギーだけの命』もまた、在る筈なのだと。それは、人とも機械知性とも無関係に存在するやもしれぬと。

 しかし、徳エネルギーそのものの意志があるなど、認めてはならない。なぜならそれは、神秘への冒涜なのだから。

 徳エネルギーに、なんらかの意志があるならば。或いは、あらゆる宗教や倫理規範が。『徳エネルギーそのものが増えようとした結果』に過ぎないと。そういうことに、なりかねないのだから。

 それは、存在するだけで危険な可能性だ。

 それを否定するためには、徳エネルギーの『意思』が、気紛れさが。人の信仰するもの、そのものと同一でなければならない。

 徳エネルギーは、神仏の眼差しそのものでなければならない。人のものでなければならない。

 だが、神仏とは、何なのか。如何にしてあるのか。

 人類の営みは、何のためにあったのか。

 つまるところ、因果、主従の関係に過ぎないのだが。人にとっては。少なくとも、その知性にとっては。因果こそが大事なものなのだから。

 嘗て、ミームという戯言を考えた人間が居た。しかし、これはそれに似ていながら、より切実な問題だった。

 もしも、もしも。人間が大切にしていた『何か』が、人間以外の衣を纏ってやって来たのなら。徳エネルギーが、人間以外のモノをら?

 人は、過去を知り、未来を欲しがる生き物だ。だからこそ、嘗てのような変質が。「有り得るかも」というささやきだけで変わってしまう。

 人の定義が揺らいでいる『今』。徳は、人類のアイデンティティそのものに食い込みつつあった。

 だが、人類以外を器とする徳エネルギーの発生源は、別の可能性を生んでしまう。人の在り方を留め置くための徳エネルギーが、逆にその在り方に、とどめを刺す武器になりかねない。

 それが、この世界のごく一部の人間だけが気付いた、可能性。禁忌中の禁忌。

 「魔法の杖」と呼ばれる、概念機関。或いは、その派生技術。それらに蓋をした、

 エネルギー源として、それ以外のものとして。世界を構築する法そのものを弄び続ければ。

 いつか、ブッシャリオン『そのもの』を産み出す「何か」が、生まれてしまうかもしれないから。


---------------

 『彼』が定めた禁忌。それを、彼そのものが破った。

 ならば、あれは『彼』ではないのだ。

「もう一度仕掛ける。整えろ」

「えっ、本当に……アレと戦うの?」

「無論」

 『第二位』の腕が展開し、桃色の光が零れる。

「死人には、冥府が相応故」

「もしかして、怒ってる?」

 その問いに、答えは無い。だが、代わりに。展開した腕部から、銃口が覗く。

「此処は重聖地。『弾』には事欠かない」

 直後、

「痛っ!?ってあれ……痛……くない?なんだこれぴょん」

 兎耳が仰け反り、不思議そうに首を傾げた。

 痛みの正体は、極小の針型に加工された、高濃度ガラス固化ブッシャリオンの結晶。

 隠し武器は、まだ幾つもある。耐久性は度外視し、装備も含めて、全て投じる。

 それに……観察していて気付いたが、付け入る隙もある。あれは徳エネルギー吸収と疑似徳エネルギーの二系統を、同時には使えない。

「後から合わせる。先に仕掛けろ」

 疑似徳エネルギーの側を、『魔術師』が打ち消し。徳エネルギーの側を、彼が捌く。

「切り替え速度が早ければ、意味ないピョン!」

 意図は、見抜かれている。だが、『同時』なら。

 仕込み武器で作った隙に『魔術師』が組みつき、武器の根元である両腕を潰す。

 同じくらいの体躯に関わらず、押し負けているが……数秒は持つだろう。『魔術師』の身体を陰に、吸収装置を狙う。この装置の正体、そして《誰が作ったか》》は、何とはなしに察しがついている。

「こ……のっ!」

 『魔術師』が力を強める。恐らく、自分に自分で『奇跡』を授けて、ねじ伏せようと試みているのだ。

 だから、兎耳の手には既に、あの鉄球は無い。

 その脇から滑り込むように、丹田目掛けて掌底を打ち込む。

「グ……腹パンとかきっついピョン……」

 同時に、『仏舎利』を運用した経験を生かして、徳エネルギーの経絡を滅茶苦茶にかき乱す。

 ……手応えは、あった。だが、それが一体『何の手応え』であるのかまでは、初見では流石に判じかねる。相手は、幾重にも重なった存在だ。果たしてそのうち、『何枚』とおせたか。

 そう考えた刹那。破壊された吸収器から、光が迸る。

「あ……ア……」

 そして、兎耳が苦しそうに呻き始める。

 徳エネルギーが、空中に解き放たれ逆流しているのだと。それは即ち……『彼』にとっては。生きながら炎に体内を炙られることに等しいのだと。二人には、わかった。

 溢れた徳の力は、留まることなく吹き上げ。そして、

 それは次第に、『形を成していく』。まるで大きな、柱のように

「私は、『柱』だ。世界を支える、ただの、柱だ」

 呪いのように、『彼』は呟く。

「……馬鹿な」

 その肉体ハードウェアは、『大同盟』のもの。徳エネルギーを扱うようになど、出来てはいない。

 偉人ではあっても。元になった『彼』は決して、聖人ではない。信仰の加護など、存在しない。奇跡の素養もまた同じ。

 だというのに、

「……その体で、『奇跡』を使うの?聖人でも、ないのに」

 否。この世に、奇跡というものがあるならば。それはきっと、

「これが、人の意思というものだよ。お嬢さん」

 そういうものに、違いないと。最期まで旧き人の可能性を信じ続けた『彼』は、そう信じていた。


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ブッシャリオンTips ブッシャリオン結晶ニードル

 重聖地等で採集されるガラス固化ブッシャリオンを加工し、極小の針としたもの。奇跡を扱う人間に対しては一定のジャミング効果が存在し、元々は北関東での敗北をもとに開発された対モデル・クーカイを始めとする聖人用装備である。

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