最終章二幕「聖地騒乱④」

 砂煙の向こう側で起こっている、超人同士の激突は。とうに、割って入れる次元ではなかった。

『何か……話しているのか?』

『内容は拾えないか?』

『音声しか使ってない。無理だ。いっそ、仕掛けた方が早いんじゃないか』

『否定。想定戦力は聖人セイジ級以上』

『押し留めているだけで精一杯、というところか』

 次第に、此の戦線への『注目』集まり……即ち、思考連結への介入も増大していく。

 誰もが、あの闖入者に興味を持っている。要するに、野次馬の類ではあるのだが。

 同時に、リアルタイムで戦術プランが練り上げられ、そして却下されることもまた繰り返される。

『……あの体について心当たりは?』

 誰かが訪ねる。人類全盛であっても、人間の如き身体を作れる集団は決して多くはない。故に、その類型タイプを識別しようと試みるのは自然な成り行きだった。

『あれほどのスペックともなると、流石に』

『スペックは置いて、特徴だけなら?』

『サイバネというより、愛玩人形の類じゃないのか』

 意見は纏まらない。

 否、『意見が纏まらない』ということが、或る意味では答えなのだ。

 百体近くの、百年以上にわたる様々な時代、様々な出自の機械身体を持つ者が揃っていながら。誰一人として、系譜も出自ルーツも断言し得ない。

 つまり。完全に隔絶した系譜によるものか。完全なる新規開発。人も金も時間も、天文学的な桁が必要となる。

 この、滅びかけの地上世界で。一体、何処の、誰が、そんなものを作ったというのか?


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「今の貴方が死人、否、『大同盟』の尖兵であるならば。成程、取引の相手としては相応しい。重聖地には、単なるエネルギー源以上の価値がある。然し、それを渡して、良いものかどうか」

 重聖地と、そこに蓄えられた解脱臨界量をはるかに超える量の徳エネルギー。徳異点と、そこに加えられた外力。

 其れを、浄土を地に降ろす力場を以て御す。それが、徳エネルギーの局所的な相転移、嘗て、この世界の人口と人類文明の大半を飲み干した、『門』をこじ開ける早道だ。

 だからこそ、対仏大同盟は、各地の重聖地、或いはその近辺の『敵』を狙っている。とりわけ、得度兵器と奪い合いにならないものを、優先的に。

 それが、現在のところの分析だ。だが、

「……『門』にも、エネルギー源としての重聖地にも、興味はない。何が這い出てくるか知れたものではない」

「耄碌したか?」

 その返答に。『第二位』は珍しく、眉を吊り上げた。

 己が読み違えたか。それとも、想像したよりも志が低いのか。衰えたのは、果たして何方か。

「重聖地でも、門自体でもない。。肝要なのは。門の先に、何があるか。そこに、新天地があるのかだ」

 新天地。そうか、新天地、と言ったのか。『彼』は。

 人が悟りを得て、そうして、この世界より旅立って行き着くであろる先をすら。

 『彼』は、新天地と。そう呼ぶのか。

「こんな体になれば、以前ほど、人の在り様というものは気にならなくなってくる。其処に可能性があるのなら、目指すべきだ。そのための可能性を、貰い受けたい」

 これは、嘗て死んだ『彼』ではない。古より続く人の在り方を愛し、それが変わることを恐れた臆病な老人ではない。

 だが、紛れもなく『彼』だ。姿形も在り方も、何もかもが変わり果てて尚。この、果てを目指す狂気が、『彼』でなくて、何だというのか。

「ならば、先に問おう。?」

「勿論、否だとも」

 商談は、ここまでのようだった。元より力づくの積もりだったのだろう。

 そして、対仏大同盟は、現『ユニオン』へのカウンターとして用意した積もりであるのかもしれないが。

「力で渡り合うと?この身と、この街、全てを相手に?」

「その点だけは、今の在り方になって、感謝をしているところだ」

 恐らく、奴らは、『彼』に利用されていることなど、気付きもしないのだろう。

いや、そもそも、利用する、しないの問題ではない。

「そうだな、『私』を負かしたら、ヒントをくれてやる。もっとも、私の存在そのものが、大きなヒントのようなものだが」

 牙を剥きだしに笑う。

「そして、これが、次のヒント」

 そうして、両断され、砂に埋もれたた鉄球が。溶けて崩れ、黒い粒子へと還元されて元のカタチへと復元していく。

「『形ある異能ちから』だ」

 未知の『奇跡』。徳エネルギーに依存し、物体や現象へと作用する力。しかし、『奇跡』の名が示すように。徳エネルギーの奇跡は、厳密には『なんでもあり』ではなかった。

 モデル・クーカイを始めとする、聖人高僧の模造品。彼等が示したように、行使には一定の『根拠』が必要であり、その力の多くは、そのモチーフの、或いは信仰の強い束縛を受けていた。

 或いは本当に、あの『姫』のように、『神のような何か』が行使するならば別なのかもしれないが。その頸木から抜け出るには、どれ程の代償が必要であるのか。

 だが、あれは違う。徳エネルギーと似て非なるものは、やはり、似て非なる法則によって運用されている。否、その法則こそが。

 ……成程、本当にヒントだらけだと。『第二位』は呟く。可能ならば、生け捕りにしたいところだが。自信をもって挑むからには、それ相応の根拠というものがあるのだろう。

 現に、少なくとも今、正面から衝突すれば。彼は、負けるかもしれないのだから。


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ブッシャリオンTips 思考連結と徳カリプスの関連性

 思考連結技術そのものは軍用に限られていたものの、極度に進化した通信プロトコルは思考と表現の境界をも曖昧にしていた。故に、徳カリプスのプロセスとこれらの技術とを切り離して語ることは困難であろう。

 そもそも、思考を連結する種の通信の副作用として主に挙げられるのは、フィードバックによって『通信相手の思考を生み出す領域』が自身の思考の中に生まれ、自他の境界、或いは自己の同一性に関する不整合が生じてしまうことである。

 そして、このネットワークで接続された『通信相手』の精神が悟りを開いた時、或いは仏典等との接続でハウリングを起こした時。己の中に、仏を見出すことがあるのではないか?謂わば、悟りのシェアリングが行われるのでは?という仮説すら、成立する余地が存在するのである。

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