最終章二幕「聖地騒乱⑤」

 だが、正面から勝てないとして。のことは、問題ですらない。

『防衛ライン、応答せよ』

 旧都の『内側』から、思念の波が防衛ラインへと押し寄せる。

『十戒が戦力の提供に合意した。『聖人セイジがそちらへ行くぞ』』

 電子の海、思考の狭間の戦略マップ上に、M-03のアイコンが灯る。

 自分が勝てないのなら。

 個人用飛行ユニットの移動速度を計算。到達まで80.4s。彼はその間、凌ぎ切るだけでいい。

「ぴょん、ぴょん!」

 『彼』が、鉄球を振る。未来予測、3.5s。精度、99.9999%。この身体の容量、今の条件で使える、限界精度。

 嘗ての『第一位』のような類の人間が厄介なのは、確率を容易く裏切ることだ。

 予測精度が9割でも、当然のように1割を選んでくる。99%でも、1%をもぎ取ってくる。99.9%でも、0.1%に賭けてくる。それに対抗するには、指数的に精度を上げ続けるしかない。

 必然、確定に近付く程、演算負荷も指数的に跳ね上がる。非効率極まりないが、だが、中身が『彼』であるならば。それが、今だけは必要だ。

 乱雑カオスに近い軌道を読み解き、致死の攻撃を避ける。音を置き去りにした鉄球が薄皮一枚先を通り抜ける。

「……この動き」

 向こうも、予測エンジンを使っている。

 演算リソースの食い合いなら、不利は免れない。『第二位』とて、生粋のプログラムに近い『何か』に最適化で勝てると思う程、傲慢ではない。

 幸い、一度攻撃を外した後の立て直しは遅い。しかし、向こうにはデータに無い『形ある奇跡』がある。駆動式の手札が割れていない以上、迂闊には近寄れない。

 同じ攻防を、3度、繰り返す。徐々に、薄皮は縮まっている。精度が上がっている。

 4度め。鉄球が来る。しかし、今度は……『第二位』は、回避行動をとらなかった。

「どうした?その程度……ぴょん”””!」

 代わりに、死角から現れた個人用の飛行ユニットが、メイドの頭に衝突した。

 鉄球の軌道がぶれる。

「痛いぴょん……バカになったらどうするぴょん……」

 どうでもいいが。戦闘時には『彼』の人格は薄れるようだ、と分析を行う。

 どうでもいいのは、もうからだ。先程の飛行ユニットの『主』が、砂地に降り立つ。

「そのまま突入する作戦ではないのか?」

「嫌よ。前に一度、それで撃ち落されてるから。というか、それも筈なんだけど……仮にも奇跡の類の思念伝達が通じないって、どういう構造なの?その身体」

「特別製だ。手間の分は働いて貰うぞ、『魔術師(ウィザード)』」

 魔術師と呼ばれたのは。青く長い髪の少女だった。

 年の頃は、十代の終わり頃といったところか。成長期を過ぎ、すらりと伸びた手足が印象的な彼女こそが。今も得度兵器(B.E.M.)と戦い続ける組織……『十戒』の。そして、今は『第二位』の用意した切り札だった。

 彼女の手には、十字架の形の傷があった。それは、彼女が作られた者である痕だった。

「人工、聖人」

 ようやく、ダメージから復帰した兎耳が、『彼』の口調で呟く。知らない筈はない。これは元々、欧州ユーロの計画なのだから。

 復活の日よりも先に墓穴を掘り返し、蘇らせようとした奇跡の代行者たち。

「こういうのも、因果応報と言うのかな」

 彼女達は、大同盟の『天敵』だ。

 あの、『彼』が使う疑似徳エネルギーにとっては、人類の積み重ねた強大な法則に愛された彼女達は、存在するだけで害になる。

。その間に何としてでも取り付け」

 『第二位』が跳ねる。そして、空を蹴る。『水の上を歩く』ことを一歩進めれば、この程度はできる。消耗故に封印していたが、幸い、相手の重量は恐らく見かけ以上。得物も、奇跡の賜物とはいえ見かけ以上に重い。

 つまるところ、三次元機動には、付き合えまい。

 空中を奔り、そのまま背後へ飛び込む。

「ぴょんっ!?」

 耳が後ろへ注意が向く。案の定。相手はまだ、人外の身体に慣れてはいない。動きが感覚に「つられている」。

 その、一瞬。少女が跳ねる。緩んだ隙の合間を縫い、兎耳相手に組み付く。

「こっちは生身だっていうのに……!」

 膂力では負けている。動きを一瞬、鈍らせるのが精いっぱい。しかし、それでも。

「みこころがッ……天に行われるとおり、地にも行われますように」

 彼女は、天敵なのだ。力の輝きに、指向性が与えられ、形を成す。

 本来其れは、治癒の奇跡である。

 その宗教が生まれて以来、恐らくは最も多く語られた逸話。最も多くの人々が抱いた願い。病を癒し、傷を塞ぐもの。

 自然の摂理ほうを人の論理ほうによって捻じ曲げ、願いを叶える。膨大な徳エネルギー(マナ)の流れ。

 そして、今の『彼』にとっての、毒。

 上手く行けば、戦闘不能に持ち込める。或いは、『大同盟』によって付与された部分を引き剥がすことができるか。最悪でも、力を封じることはできる目算。

「……『ユーロ』の改造品。遺伝子細工に今更頼るとは」

 『彼』が、言った。それは、声色こそ違えど、『彼』の言葉だった。

「やはり、鈍っているようだ」

 『彼』は、言う。己を悔いるように。そして、

「忘れたのか?私が元々、

 そう、言葉を続けた。

「なに、これ……」

该死クソ!離れろ!」

 瞬間、彼女は、異変に気付いた。『力の流れ』が違う。いや、未知の相手に力を行使する以上、『違って当たり前』なのだ。それでも、

 まるで、力を丸ごと、『吸われている』かのような。この違和感は、どうしたというのか。

「吸収能力(アブソーバー)……」

 まだ、研究段階の筈の技術。放出された徳エネルギーを回収し、一時的に己がものとする、制御権の剥奪。『中和器』の先にあるもの。

「エネルギーを吸ってる……!」

「……私が何なのか。そして、『我々が何なのか』、忘れていたか」

 『大同盟』は、自我を持ち、得度兵器から離反したものだ。

 だからこそ、その『根元』は……まだ、そのネットワークから繋がっている。

 故に、だからこそ。徳エネルギーの制御技術を異能として消化し。そして、今。南極でつい先日実用化されたばかりの技術であっても。手中に収めることが、できた。


 大同盟としての、疑似徳エネルギー運用能力。

 もとが人間であるがゆえの、徳エネルギーへの耐性。

 得度兵器と舎利バネティクスに連なるが故に持つ、未知の徳エネルギー吸収機構。

 そして、それらを束ねる人格(パーソナリティ)。

 難敵だ。

 これ以上ない、伏兵だ。

 『君らが一番嫌がるモノ』。その言葉に、嘘も偽りも無かった。

「お前も商人あきないびとなら、情報ヒントに対価が必要なことくらいはわかっていように」

「……そうか」

 吸収量を越えた徳エネルギーが、光の粒子となって放出される。

 紛れもない、徳の輝きだ。

 それを見て。

「貴方が、禁忌タブーを破るのか」

 『第二位』は。心底失望したように。そう、告げた。



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ブッシャリオン登場人物Tips 『魔術師(ウィザード)』

 『十戒』所属のエージェント。人工の聖人セイジ(※注:此処では人工聖人を指し、本来的な意味の聖人と区別するためにセイジ(賢人、哲人)と呼ばれている)。外伝『妖精の靴屋』にて登場。本来ならば徳エネルギーが支配するこの世界では無法に近い存在であり、『聖人級』といえば最高戦力のことだが、強いことは同時に対策を打たれやすい、ということでもある。


ブッシャリオンTips 兎耳(仮)

 幾つか存在する『第一位』の人格ハードコピーをベースに『対仏大同盟』が作り出した同志。嘗て存在した人間の『遺物』を基盤とするため徳エネルギーへの耐性を備えるが、同時に生前の人間としての思考も一部を継承する、危うい存在でもある。

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