第五節「この夜が明ければ⑥」

「もっと容量は回せないでおじゃるか」

 日頃であれば塵一つ許されぬ御簾の間の前は。今や、持ち込まれた雑多な端末とそれらを繋ぐ配線、引き抜かれた部品で溢れ返っていた。

「手元の動かせるリソースは、それで全てだ。徳エネルギー演算器(マナ・プロセッサ)は、16年前に粗方全滅している故な」

 船団の中では、この部屋……『第三位』の居室の回線が一番太い。生き残ったシステムの大半を預けてくれていることもまた、想像がつく。とはいえ、

「解析の前処理だけで日が登って暮れるでおじゃるな……」

「猶予は2時間だ。それで、交戦距離まで届く」

 それまでに、何らかの弱点を見つけろということだ。

「……検証している時間はない。理論式に観測値を代入して、せめてあの力の『容量』の限界と弱点を突き止めるでおじゃる」

 提供された情報の限りでは。『疑似』とはいえ、ブッシャリオンはブッシャリオン、ということらしい。少なくとも形而下、観測範囲における性質は、今のところ然程変わらない。否、そう仮定して事を進める他はない。

「だが、大物を使ったのが運の尽きだ。『補強』が無くなれば、恐らく身動きが取れなくなる。このあたりの水深は浅いが、海上に出たところで沈めれば、それだけで行動を制約できる」

「得度兵器に『乗り移る』可能性もあるでおじゃる」

 例の『目撃証言』とやらでは、特異型式とはいえ得度兵器に憑依して現れた。

「そうならないよう、両者を分断したのち、通信帯域を片端から塞ぐ。バックアップを仕込んでいる可能性もあるが……考え難い」

「どうしてでおじゃる?」

「あれの考え方が、『人間』だからだ。自我を持った存在が、単なるコピーを許容する可能性は低かろう」

 彼女が、それを口にするのか。

 と、『マロ』は茶化しそうになったが、堪えた。今はそんな場合ではない。

決して、彼女を信用するわけではないが。少なくとも、彼女は信を寄せてくれている。ならば、それに応えねばなるまい。検討するべき可能性は他にある。

「『子供』ならば、どうでおじゃる?」

 『子孫』であるならば。それは、生物の理念に叶う。

「引き継いでいるものが少ないことを、祈る他あるまい」

「祈るよりも、もう少し有意義な話があるでおじゃる」

 『マロ』は大きめの写経用端末を引っ張り出した。最初の『解析結果』が戻って来たのだ。そも、徳エネルギーの専門家の『マロ』にとって。あの『疑似』ブッシャリオンには、不自然な点が多々ある。

 最も不思議なのは。今まで誰も、徳エネルギー時代最盛期の人類すら、その存在に殆ど気付かなかったことだ。『ユニオン』による隠蔽を疑いもしたが、彼女が詳細を知らぬということならば、その線は薄かろう。

 だからこそ、其処に何らかの必然があるのではないかと『あたり』を付けた。

 作ることが難しいのか。それとも、『見つける』ことが難しいのか。可能性はいくつも考えられたが、少なくとも一つは当たっていた。

「……あの疑似ブッシャリオンは、致命的な欠陥があるでおじゃる」

「というと?」

「あの粒子、『真正』の……もとい、『既知の』ブッシャリオンと干渉して、たぶん負けるでおじゃる」

「対消滅すると?」

「外へのエネルギー放出は微弱でおじゃるな……反応経路はぶっちゃけ、よくわからんでおじゃる」

 道理で、嘗ての徳エネルギー塗れの世界で見つからなかった筈だ。

「X型の相転移の一種かもしれんでおじゃるが、詳細は巨大加速器でも持ってこないとわからんでおじゃろ」

「ふむ……それが真なら、道理で機体の『外側』を補強しているわけか」

 間近で交戦した部隊の観測によれば。あの巨大得度兵器は、『外側』の一部に黒い蔦のような疑似ブッシャリオンが這い回っている。

「交戦記録でも、最初の内は外側に被膜を作って、内外のブッシャリオンとの干渉を遮断していた節があるでおじゃる」

「例外もあるようだが?」

「例外については、今は考えないでいいと思うでおじゃる。まぁ、対人攻撃にも転用が難しい可能性があるでおじゃるな。特に、『異能を持った人間』には」

 モデル・クーカイは、研究開始から百年以上経っているにも関わらず、ブラックボックスだらけだ。まして、『仏』の領域に足を踏み入れた『何か』が介在した現象など、今の段階では分析するだけ時間の無駄だ。

 ゆえに、論点を絞る必要がある。

「ついさっきの交戦データが、結論を補強するでおじゃる」

「……そうか」

 エミリアは、ただそうとだけ呟いた。

 あの部隊が、最後の最後まで集めたデータ。あの老人は最後まで、謎の力を攻撃には使わなかった。

 それが、『使わなかった』のではなく。『使えなかった』のだとしたら。

 その事実こそが、今の状況を覆す切り札になる。

「それと……付け加えるなら、でおじゃるが」

 おずおずと、『マロ』が再び口を開く。『個人的』なことであるというのは、彼女には手に取るように分かった。

「ブッシャリオンと『相性のいい』人間とは、相性が悪い。なら『逆』も言えるかもしれない、と言いたいのだろう?」

「解脱耐性と言っても、原理は恐らく何種類かかるでおじゃる。一部にとっては、逆に毒になる可能性は……確かに否定はできないでおじゃるが」

「例の実験計画については、再検討しよう。今、重要なのは……」

 人を動かすには、『餌』が必要だ。そのことを彼女は、誰よりも弁えていた。

 顔を微かに綻ばせる『マロ』を横目に、彼女は逆転の策を練る。

「船団が備蓄している徳エネルギーを投入すれば、相手の力を削げるということだ」

 疑似ブッシャリオンは、得度兵器の表面に集中している。故に、外側から徳エネルギー流をぶつければ、それを剥ぎ取るすることが、原理上は可能な筈だ。

「で、おじゃるな」

 『マロ』は頷いた。

「まったく、皮肉なものだ」

 エミリアは御簾の奥で微かに自嘲するかのように嗤った。『個』の力によって、人を導くシステムであり。嘗て、徳エネルギーに敗れた彼女が。

 最後の最後に頼るのが、多くの人の善き願いによって生まれた、その力であるなどと。


▲黄昏のブッシャリオン▲第六節「払暁の光」へ続く

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