第五節「この夜が明ければ⑤」
思考連結通信の全帯域にジャミングが走る。それは即ち、『彼等』が組織としての戦闘を放棄したことを意味していた。
それを凱歌とするように。レイノルズは歩みを進める。
「予定外の出会いがあるからこそ、人生というものは、面白い」
彼等も、そう思ってくれていれば良いのだが、と。そんなことを考えながら、彼は傷ついた服から埃を払い落とす。しかし途中で、腰に鈍い痛みが走る。
「腰を少し痛めたか。燥ぎ過ぎるのも考えものだ」
とはいえ、この程度で済んだのは。
だが、外見には然程変化は無くとも。彼の内では確かに何らかの変質が起こっていた。
そも、彼等は本質の一部であるにせよ、無垢な赤子のような存在でもあるのだ。
そして彼は、思考連結通信に自死の直前まで割り込んでいた。つまりは、『死の音』を。その習慣の思念を、受け取っていた。
もしも、ただの機械知性であるなら、情報の一部に過ぎなくとも。
インクの染みに、蝶の羽搏きを見出すように。人に近い姿を取った者には、それは一種の有意情報となる。
海の彼方の蝶の羽搏きのように。それは予期せぬ嵐を起こすのやもしれない。
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「それでは、取引を行うとしよう」
『……では此方から提供するものは、第一に得度兵器との戦闘データということでよろしいか』
「ああ。特に、奇妙な振る舞いをする個体についての情報があれば、最優先で」
『奇妙な振る舞いって言われてもなぁ……最初にあの街で見たヤツも妙だったか』
ガンジー達とエミリアは、商談の詰めに入っていた。
彼女のステータス画面では、刻一刻と手持ちの戦力が消耗していく様が見えていく。絶望は一歩ずつ歩み寄ってくる。
並みの人間であるならば、既に泣き喚きながら助けを乞うていてもおかしくない状況であっても。彼女は、揺らぎはしない。それが、彼女の機能であるから。
『……後は、『ガンダーラ』のフィールド搭載型と、拠点攻略戦の時のヤツと……』
『それは、『装備』が異常、という話だろう。行動原理なら、あの弥勒型だと思うが』
予想通り、と言うべきか。ガンジー達の戦闘経験値は多い。多すぎた。
「回線を開き直す。何でもよい、データを此方へ送って」
『ああ、そういえば』
と、その時、ガンジーがふと思い立ったように口にした。
『俺達が戦ったのじゃねぇけど、なんか、とびきりヘンな奴が居たな。なんだっけ、黒い大仏だったか?』
『まるで人間のような見た目で、黒い泥のような武装を使う機体、だったか。北の寺院都市での交戦ログがある』
「……そうか」
その瞬間。彼女の感情抑制は、限界に達しようとしていた。
百年、いや、一体何時ぶりであるのか。ここまでギリギリの状況で、『当たり』を引き当て、博打に勝ちを収めたのは。
確かに。異変の最初の一箇所が此処である必然など、どこにもなかった。あの得度兵器変異体と思しき何かが、既に何処かへ現れていても、全く不思議は無い。
「その機体に関する情報を、根こそぎ渡してくれ。此方で片端から解析にかける。代価は、言い値で払おう」
『オイ、言い値って聞こえたぞ。初めて聞いた……』
『欲を掻くな、徳が低いぞ……わかった。だが、どうせなら、俺達でなく当人達に聞けばいい。クレイドルで中継を飛ばせば届くだろう』
ジリリリリリ……ジリリリリリ……
と、地の底深くで通信機が鳴る。クーカイ達がこの都市を訪れた際、『便利だから』と置いていった直通の通信端末だ。
「あの軌道機の使い道でも決まったのか……?」
と、眠い目を擦りながら、肆壱空海はそれを受けた。
ここに、縁は繋がった。
「……京都?瀬戸内?ユニオン?一体何を言っている?」
スピーカーの向こうに聞こえる、ガンジー達と。そして、聞きなれぬ女の声。
「いや……交戦記録?此方でも、詳細を知る面子は既に……わかった。直ぐに要るのだな。大僧正殿にも繋ぐ。弐陸も叩き起こしてくる。3分待って貰えぬか」
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「直訴、直訴におじゃる!」
最初から、こうしておけば良かったのかもしれない、と『マロ』は思った。何かから逃げ続けるよりは。こうして、真正面から立ち向かった方が。幾らかはましな道だったのやもしれぬ。
何かを失うことは、長き時を生きた身にとっては余りにも当然に過ぎて。いつしか、諦めることが、当たり前になってしまっていた。
それが、誤りだった。いつかは無くなるものであったとしても。手の隙間を窄めて掬い上げねば、真っ先に零れ落ちていくのだから。
彼が手に持った青竹の先には、『直訴』の文字が書かれた訴状が挟まれている。警備要員を体のあちこちからぶら下げながら、『マロ』は襖を勢いよく開く。
「実験計画に物申したく参ったでおじゃる!」
『マロ』は青竹を掲げ、そう声を張り上げた。ここまですれば、彼とてどう扱われるか。彼女の『逆鱗』が何処にあるのか、今だ掴みかねているままだというのに。
だが、叱責や懲罰の代わりに。
「丁度いいところだ。頼みたい仕事が、ついさっき山のように出来た」
そう言って、御簾の奥で彼女は微笑んだ。
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ブッシャリオンTips 思考連結通信
思考を連結した通信。発話や入力を伴わず、思考の一部を連結し接続することで科学的に以心伝心になる技術。科学で実現した一種のテレパシー。
長期間・繰り返しの使用は重大な副作用を齎すため、用途は軍用等に限られていた。
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