第五節「この夜が明ければ②」
ドンッ……ドンッ……
闇の中の山間に、幾つかの重い発砲音が木霊する。地形の起伏に、熱迷彩シートを被った隊員達が巨大なリニアライフルを構えている。彼等の装備の中では、一番の長物だ。本来は、得度兵器の足止め用。しかし、
『人間一人狙うのに、この装備は不適当では?』
『黙って撃て』
思考連結通信故に、声は出ていない。しかし、その所々には困惑が滲み出ている。
彼等が今、狙っているのは。巨大な機体の上に陣取る、ただ一人の老人だ。
明らかに、只の人間ではない。だが、彼等の手持ちの情報では、アレが『何者なのか』を推し量ることもまた、叶わない。
『観測、どうなっている?』
『……無傷、無傷です!』
『外したか。狙撃位置を転換しろ!もう一度だ』
『いえ……』
狙撃手の一人がスコープの画像を拡大する。
弾丸は、確かに届いていた。
ただ、直前で。黒い泥のようなものに囚われ、押し留められていただけで。
『化け物が!』
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隊員の思考通信を聞き流しながら、廃村に設けられた前線基地で鉤鼻の男は冷徹に得度兵器の観測情報を見つめていた。
「……進路、変わらず、ですねェ」
外から攻撃を受けたにも拘わらず、方向がブレない。
仮想地形図上に、幾つもの予測経路が現れる。しかし、巨大得度兵器の観測経路は、そのどれとも異なっている。
普通の得度兵器ならば、攻撃という外乱に晒された時点である程度のブレが出る筈だ。しかし、巨大得度兵器はそれを無視している。人間とて、周りを蠅が飛び回れば動きを変える。其れが無い。
それは、喩えるなら。リモコンで操縦しているかのような鈍感さ。「危ないモノを避ける」という基礎の判断機能が働いていないことの証明。ならば、
「『本体』は、やはり上の方……なら、分断しましょう」
戦術の基本。分断と、戦力を集中しての各個撃破。そのための餌は、既に撒かれている。
ならば後の問題は、相手が釣り餌に食いつくか。
『隊長、目標βをロスト!』
『此方でも確認。目標βをロスト!』
あの老人は、餌にまんまと釣りだされた。恐らく、今頃は狙撃班を狩りに出ている筈。
『作戦案通り、後退。囮部隊以外は、αの誘導へ……ザリッ』
通信に一瞬、不自然なノイズが走った。通信系は今までの戦訓で対策済み。
機器の不調。あり得る。高濃度徳エネルギー環境による通信阻害対策の指向性通信アンテナは不安定になりがちだ。
だが、一番想定すべき最悪の事態は。
『こんばんは、人類の諸君。良い夜だとは思わんかね』
通信ネットワークへの、強制介入。老人の声が、不気味に夜の闇に響き渡る。
それの、意味するところは。
ネットワークの構造を。指揮系統を、読まれている。つまり、
「此処を潰しに来るってことですねェ!」
わざわざ別行動を取るならば。『頭』を狙うに決まっている。
「司令部を破棄!データはバックアップ意外は滅却。『船団』に回収要請!手隙の者から戦闘準備!」
今の時代の人類で。此処まで統率の取れた戦闘行動を行える集団は決して多くは無い。もしも人間相手なら、喩え十倍の兵力が相手であろうと彼等は手玉に取れるだろう。
だが、今の相手は。人の遺した文明の残骸を貪った者達なのだ。生み出した人自身が忘れ去った技術を、継承する者達であるのだ。
「機動力ならば、此方が上の筈。空へ上がれさえすれば」
ギィイイイン……
鋼が、精神を逆撫でるような、しかし澄んだ旋律を奏でる。
『アタケ』の目の前で。離脱用の航空機が両断され、その翼がゴトリと地へと墜ちた。
『業障』の名を持つ老人は、杖を優雅に振った。
その喪われた技術の名は、剣術と云う。
引き抜かれた杖の先端には。微かな星の明かりを反射し、煌めく刃が込められていた。
「はっ」
悪い冗談にも程がある。それとも、これは夢なのか。
だとすれば、悪い夢なのは一体何処からなのか。
「そんなモノで、何の御用ですかネェ?」
「無論、これから起こる戦いを。人の眼に焼き付けるため」
「……これから起こる、と?」
そうか。この老人にとっては。今の行いは、戦いですらないのだと。
「
「なら、望みどおりに行きましょうかねぇ!」
今から始まるのは、きっと前哨戦だ。やがて、この星を巻き込む戦いの。異変の始まり。
そのほんの序幕の、捨て駒同士の諍いに過ぎないのだから。
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