第三節「対仏大同盟(アンチブッダ・アライアンス)⑥」

 時折、夢を見る。

 昔は、幸せだった世界の夢だった。何もかもが満ち足りた場所。両親と妹。昨日と同じ日が、何の根拠もなく明日も続くと確信していた時の夢だ。

 いつからだろう、それを見なくなったのは。

 代わりに脳裏を占めるのは、桃色の雪原。其処に佇んでいる自分。そして、遠巻きに己を見つめる、沢山の巨大な仏の眼。

 現実の世界。アフター徳カリプスの世界。恐らくは、現実にあった出来事。

 天の上には、形を成す何か。そして、足元を見下ろすと、そこには……


「……思い出した」

 と、夜、ガンジーはふと声を上げた。

「……何をだ?」

 クーカイは寝惚け眼を擦りながら問い返した。

 地下都市の居住スペースは限られている。それは客人に対してもどうやら同様であるらしく、二人に宛がわれたのは二段ベッドの上下と申し訳程度の個室だった。「……あの模様。あの時、拠点の『下』で見たのと、多分同じだ」

「……なんだと。いや、そうか……成程」

 得度兵器の拠点の地表。雪原に埋もれた徳エネルギーの網。

 そして、あの『召喚陣(リンデン)』を構築するための駆動式。

 目的も、正体も。今尚不明のままの得体の知れない存在。

 それが、あの紙片に描かれた模様と同じだとガンジーは言う。だが仮に、そうだとして。どうして、今まで気付かなかったのか。

「……『読める』ものだと、思っていなかったからか」

 それとも、この一年。其処まで気を回す余裕が誰にも無かったからであるのか。

 これはある意味、危険な兆候なのかもしれない。だが、今はそれはいい。

「……得度兵器の技術、ということか」

「ああ、多分な」

 舎利ボーグは、得度兵器と近しい技術の産物であると。以前、彼女(ノイラ)は言っていた。その彼女に当てた伝言ならば、この形式は得心が行く。寧ろ問題は、

「……こいつを読むには、得度兵器の生きた中枢が要るってことか」

「……また『生け捕り』か。厄介な……」

 手っ取り早く言ってしまえば、そういうことだ。しかも今度は、前回とは難易度が違う。その中枢を『黙らせる』だけでなく、言うことを聞かせなければならない。

 しかも、彼等だけで。

「……つっても、拠点にあった在庫のパーツで何とかなるだろ?」

「…………あの拠点にあった機体は、漏れなく中枢が死んでいた。報告は聞いてる筈だろう」

 恐らくは、あの拠点攻略時の、不可思議な徳エネルギー力場の作用か。それとも、その後に情報漏洩を避けるために『自爆』したのか。

 どちらであるのかはわからないが、兎も角、彼等の手元には得度兵器中枢の在庫が無い。故に四足歩行の模造品(ブッダ・ウォーカー)を動かすので精一杯なのだ。

 元々、あの無銘仏に転用したのが、奇跡的な状態のものだったのやもしれぬ。作戦の内とはいえ、ガンジーはそれを躊躇なく自爆に巻き込んだ訳だが。

「そうだっけか……なら、どうする?」

「寺院都市の通信回線を借りて、『クレイドル』に裏取りをして貰う。その後は、得度兵器の鹵獲だ」

「……よし、戦うのはなんだか久々な感じがするな……」

「いや、既に『国分寺』の討伐に出ている肆捌に頼むべきだろう。いい加減、人を使うことを覚えろ」

 不満そうなガンジーを、クーカイが窘める。

もしも、彼が本当に『組織』を作る気なら。覚えるべきことは山ほどある。

「その間、俺達はどうすんだ?」

 その言葉に、クーカイは少し考え込んだ後。

「…………修行でもしてみたらどうだ?」

「冗談だろ?」

「それが嫌なら、自分で考えることだ」

 ガンジーは、最近相棒があの女に似てきた気がする、と零しながらも、頭を絞る。

クーカイは、その様子を少しだけ頼もしそうに静かに眺めていた。


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「……新しい体の調子はどうかね?」

『嚏(くしゃみ)でも出そうな気分だ』

 田中ブッダの問いに、横たわった女が答えた。彼女の体は、巨大な機械に接続されている。

「……調整にはまだ、時間が掛かるようだからな。無理もない」

 そう応えた田中ブッダは、仏像の顔の視界に映し出された情報に注意を向けた。

 女の体から吸い出された、戦闘ログ。使い方も、それを実現する出力も、何もかもが俄かに信じ難い程に出鱈目だ。

 宇宙戦艦を人間大の型に無理矢理押し込めた、とすら比喩できよう。その設計はもはや、偏執的と呼べる域にある。一体何が、彼女等……そして彼等をそこまで駆り立てたのか。人というものに、人であることに。矜持を抱けぬ彼には、一向に分かりそうになかった。

『……どうせなら、一つ。ついでに試したいことがあるのだが』

「何だね?」

 彼女の側から提案があるのは、酷く珍しいことだった。田中ブッダはログの解析を機械知性に委ね、彼女の方を見た。

『この機構を試してみたい』

 転送されてきた設計情報らしきものが田中ブッダの視界に割り込む。彼はそれを慎重にウィルスチェックし、開く。

 ジェネレータらしき物の概念図。これと言って目新しい部品は無し。しかし……

「……徳ジェネレータの素子を『外向き』に配置し、力場を外側に向ける……」

『つまりは、徳エネルギーの『吸収機構』だ』

 彼女は補足する。

「…今のフィールド制御技術なら出来んこともないが、仏舎利動力がある以上、意味は薄いだろう。それに、かなり手間がかかる……」

「やはり、無理か?」

。やってみよう』

 どこか根本的に、この技術にはそそられた。しかし、と田中ブッダは思う。

 この技術を提供する意味を、彼女は理解しているのかと。

 マンダラ・サーキットの基礎設計情報があれば、決して辿り着くのは不可能ではない応用技術。

 だが、これを得度兵器に搭載すれば。今まで「人類総解脱」という建前によって、設計上・任務上のボトルネックとなっていたジェネレータや蓄徳器(キャパシタ)の搭載制約から解放される。機体の劇的な小型化と、活動範囲の大幅な延長が可能になる。

 即ち、それは。人類の余命を縮める行為であると。彼女ならばわかっていそうなものだが。

(……果たして、何を考えているのやら)

 その心中は、嘗て人類最高峰と讃えられた頭脳を以てしても、察することは叶わなかった。



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ブッシャリオンTips ベクターコード(VC)/ラインコード

 バーコードのような「点」ではなく、物理的に強靭な「線」の方向や交点のデータを用いた情報符号化技術。一本線であるためマニピュレータを用いた描画や回路としての実装に向き、人間にはサインや落書きのように見える。

 特徴として、規格制定時の最適化をAIによって行っており、謂わば機械が自主的に獲得した文字とも謂える。弥勒計画での経文等のプリンティングに用いられていたことが確認されており、稀に人間間の情報伝達にも使われる。

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