第三節「対仏大同盟(アンチブッダ・アライアンス)⑤」
奥羽岩窟寺院都市。『大僧正』の間は、緊迫した空気に包まれていた。
「それで、紙片の鑑定結果は?」
「うん……ごめん、よくわからない……」
「そうか。よくわかった」
肆壱空海は弐陸空海へ尋ね、ガンジー達へと向き直る。
「それで、もう一度確認するが。この紙片の本来の受取人は……」
「……得度兵器の側に付いた。俺達に、力が無かったからだ」
「……そうか。あの御人が」
嘗てはこの岩窟寺院都市の客人でもあった、舎利ボーグの女。浮世離れした存在だと思ってはいたが……こんな始末になっていようとは。
『…………』
「弐陸、大僧正の『翻訳』を頼む」
「仕方ないなぁ……」
「……モデル・クーカイってのは、そんなこともできんのか……」
「……最近、できるようになったと言った方が正しいが……その話は長くなるので後にさせて貰いたい」
弐陸空海の力がどこまで伸びたかは、同じモデル・クーカイである彼にすら分からない。或いは、彼女本人にすら。
だが、もしかすると。この異常ともいえる力は。今この時のために授かったのではないかと。肆壱空海は思い始めていた。そして、その彼女ですら『何も読めない』ならば。あの紙片を作ったのは、只者ではあるまい。
「……『本来、こんなことを語れる身ではないが、今だけは許して欲しい』って言ってるよ」
「……それは、もうういい。だが……代わりに、知っていることを教えて欲しいのです。この通り、頼みます」
クーカイは、曖昧な表情でそう言って……頭を下げた。
「お、おい、クーカイ!頭まで下げるこたぁねぇだろ!」
「……『その、数字の意味は正直なところわからない』、『だが……』」
「……だが?」
「『符号の意味することろはわかる』って」
「……符号?」
「これ、模様じゃなかったのか……」
「……えーと、『二次元的な……コード?で、記号を変換したもの……それを並べて模様を作ってる……専用の何かで読める』……って」
「しっかりしろ、弐陸」
内容が抽象的になっているが、どうやら、本人の知らない概念については、言語化するにも限界があるらしい。
「……古い符号化技術か」
しかし、クーカイには辛うじて通じた。ひどく雑駁に纏めれば、遥か太古に用いられたバーコードのような技術の発展型の一つと呼べるであろう。
人ではなく、機械のための言葉。
問題は、それを読む『機械』が、今はどこにあるのか。
「……どっかで見た気がするんだよな」
ガンジーは、何かしらの引っ掛かりを感じていた。
十六年前であれば子供の玩具程度であったろう機械でさえ、手に入れるのに難儀する。今この時、アフター徳カリプスとはそういう時代であるのだ。
「『問題は、寧ろ読んだ先にこそあるだろう』、『クー……『彼』の推測は、おそらく当を得ているのだろう』……」
大僧正の言葉が、ガンジーの思考を遮った。
「……『大僧正』にも、そう見えるか……」
クーカイが唸る。
「『この都市には既に、嘗ての力は遺されてはいない』……うん」
言葉を訳し終えた弐陸空海が俯く。
「ああ。そいつは……確かに、その通りだ」
ガンジーは大僧正の言葉を認めた。あれだけ形振り構わず戦って。『偶然』にも味方された上で。其れでようやく、拠点を一つ墜とせただけ。しかも、同じ戦い方は……多分、通用しないだろう。
得度兵器の拠点は、この星に幾つあるのか。南極とやらに辿り着くまでに。幾度、それを繰り返せばいいのか。
「だから、もっと力が要る。得度兵器と戦える力を手に入れて。それを、自由に動かせるようにしないといけねぇ」
あんな戦いは、何度もできない。今のままでは。
だが、それはやはり。ガンジーにとっては、諦めることとは違うのだ。
その言葉を聞いて、大僧正は黙した。そして……一言。
「『……それは、国を作るということだ』」
と。ガンジーに向けて、ただそう告げた。
「クニ……」
「……確かに、そう言えなくはないが……」
「ねぇ、これ、どういう意味?」
しかし、その言葉は。何故かガンジーの心に、綺麗に嵌った気がした。
その言葉の意味が、まだ分からなかったとしても。
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国家(ステイト)とは何か。
古の定義に於いて、それは統治機構そのものを指す。近代に於いてはそれに国民と領土が条件として付け加えられたが、例外と呼ぶべきものも多い。
「問題なのは、ですよ」
と、千里は言う。
「地上政体の定義だと思うわけです」
「……確かに、地上に国家が存在しない状況を認定してしまえば、『ドゥームズデイ』シナリオの発動が理屈の上では可能になりますが」
副官は、質の悪い冗談に付き合うような口振りで、それに応える。
母星の人類文明が完全に崩壊した状況。それが、『ドゥームズデイ』シナリオと呼ばれる対応指針群だ。
これを採択してしまえば、現状、彼女達に課せられている行動制限は完全に消失する。約束を守るべき相手が消滅しているのだから当然だ。但し、これは、様々な理由で諸刃の剣でもある。
「いえ、何もそこまでしろ、とは言ってませんよ。現状、原始時代みたいな村社会から、近代国家のようで国家じゃない企業体に近い何かまで、地上には雑多な小勢力が犇めいているわけですから。単純にその中で、どれをお付き合い相手に選べばいいか、というお話です」
「思ったより穏便で安心しました」
「わたしはいつでも穏便ですよ?」
よく言う、という副官の冷めた視線を受け流しながら彼女は言い切った後。
「まぁ、無ければ作る、というのも手ですけど」
しれっとそう付け加えた。
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ブッシャリオンTips 『ヴァンガード』の地上活動について
アフリカ内乱での惑星改造兵器使用の責を問われた結果、プラン・ダイダロスは地球上での活動を(南極等の例外を除き)制限されている。体面上はこの制約を解除するため、地上国家の合意形成が必要、ということになっているのである。
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