第二節「宙(そら)への道・下」

 地球周回軌道。近地点PE150万kmオーバー。

 地上から見れば、それは空に瞬くひときわ明るい星が一つ増えただけのことに過ぎない。いや、そもそもこの荒れ果てた世界で。空の上を見上げる余裕を持つ者など、果たしてどれ程残されているのか。嘗ての時代の科学の『目』を持たぬ者にとっては、それは大したことのない変化に相違ない。

 しかし、その軌道上に鎮座するのは。人類史上最大級の方舟だ。

 そして、その中央指令室。

『定例報告です。施設セクションより、資源化小惑星の消費が予定より+33。原因は軌道爆撃と居住区の補強拡張工事だそうです。対地上セクションからは拠点代替候補地のリストが上がってます。それと、航法セクションより示威行動の軌道プランが来てますね。決裁が必要な事項はリストの8点です』

 コンソールが連絡事項を読み上げる。

「……やっぱり、最優先の問題は、南極の代地探しですね」

 千里は腕を組み、考え込みながら言った。実際のところ、本人としてはそこまで考え込んでいるわけではないのだが、『複雑な問題だ』ということをアピールする素振りである。

 決断とは、その答えだけでなく、過程もまた重要なのだ。

「『星の揺り篭』の接収に失敗した今、私達は家なき子in spaceなわけですから」

「現状、我々が行使可能な火力は繊細さに些か欠けますからね」

 副長が頷く。南極の戦訓からして、『原型を保ったまま接収』といった繊細なオペレーションは困難だ。つまり、

「『空き家』が要る訳です。立地の条件は……此処との連絡が繋ぎやすい、崩壊した軌道塔のベースや旧ダイダロス拠点、宇宙港を始めとする旧時代の宇宙施設群跡地。現地情報の収集を考えると、なるべく人類の大きな居住地に近いのが望ましいです。そして大前提として、あの仏像型機械に制圧されていない場所。いちおう、リスト化は済んでますけど」

「……2自転周期でよくリスト化間に合いましたね……」

「対地観測班が半ギレで絞り込んでくれました」

『そういえば、重要事項ではないので省きましたが、リストに音声メモが添付されてましたよ?』

 コンソールから、先程要件を伝えたのと同じ……船のアシスタントAIの声がする。

「なんです?」

『再生します。ピッ『これだけの観測データで絞りこみするの無茶苦茶ですよ‼やりましまけど、やりましまけど!雨期になったら沈没とか、生き残った人類が地底人になってるとか、そういうオチまでは保証しませんよ!』ピッ以上です』

「切羽詰まってますねぇ」

「……ここまで急ぐ必要ありました?」

「で、これが第一候補……放棄された宇宙港跡ですか」

 さらりと苦情を流しながら、千里は続ける。

「この時期の建造なら、多分手直しすれば使えると思われます。多少の施設の破損はこの際問題ありません」

「北に200キロくらいで第三計画の拠点……しかも、付近に都市クラスの人類生活痕跡……」

「はい。その第三計画拠点についてですが、例の反応の検出ポイントでもあります」

 木星から観測された、未知の徳エネルギー相転移現象。

「……つまり、爆心地からも200キロ。じゃないですか。嘗ての過密都市も好し悪しですねぇ。おかげで、こんないい場所が」

「次点に米国東海岸とイタリアがありますが、条件は劣りますね」

「ひとまず、この場所をメインで計画立案を」

『では、『』を地球拠点候補地として登録しますね』

「あとはよしなに」

 彼女はそう告げ、笑って手を振った。まず一件。しかし余韻に浸る暇もなく、副長が次の事項を持ち出す。

「……次に、地上勢力との接触リストですが」

「トリニティ・ユニオンからの要請を蹴り続けてるんでしたっけ?いちおう元スポンサー様ですし、あんまり邪険に扱うのはよくないとも思うんですが……」

「まず、南極で観測したデータを分析する限り、例の仏像型機械の原型は、まずあそこのです」

「でしょうねぇ」

「そうなると、必然、への彼等の関与が疑われます」

「つまり、シロだとは言い切れないから手助けは控えろ……と」

「はい。最低でも現行の意思決定者(トップ)、『第一位』からの申し開きを聞かねば、積極的な関与は優先度を下げざるをえないかと」

「あのお爺ちゃんが生きてれば、色々と話が早かったんでしょうが……」

「まぁ、とうに死んだ人間を、連れてこれる訳はないでしょう」

「ですねぇ……」


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▲▲▲▲▲▲▲▲


 人は、欲には抗い難い生き物だ。渇望(トリシュナー)を持つか らこそ、生と死の苦を繰り返す定めにあり、其処から逃れることの叶う仏道とは、それらに勝る大欲であるとも説かれる。

 故に、欲に従い生と死とを弄ぶことが、人の持つ定めでないなどとと。果たして誰に言いきれようか。


 物理座標、旧山陰、砂丘地帯。砂舞う大地は既に人の手によって大部分が覆われ、今や自己修復と増殖するソーラーパネルが生い茂るシリコン化合物のジャングルとなったその地の只中に存在するのは、嘗ての時代の情報構造体。永続を願われた人々の行き着く先。マザー仏壇センター。

 言い換えるならば、死者の疑似電子化人格を保存し共有するための、謂わばデータセンターである。

 徳カリプス以前に於いてさえ「生者よりも死者の方が多い」と噂された嘗ての神在る国は、今や黄泉へと堕ちた。その死者の国の中へと、足を踏み入れる者が居る。無論、生者ではない。死者でもない。

 生と死から離れた、電子生命体。或いは、生まれ堕ちたその日から、この場所に眠る『死者』達と同質の者。

「この場所に、必要な記憶がある」

 喪服の少女が、その海の中を歩みゆく。

「やあ、お嬢ちゃん。そんなに急いで何処へ行く?」

 彼女に、声をかける老人が居る。

 老人は穏やかな笑みを浮かべている。死者の疑似人格だ。

 こうした疑似電子化人格は、多くは遺族のために個人のライフログを『編集』して作られる。故にその過程で、恥や苦悩、忌むべき部分は殆どが削ぎ落とされてしまう。

 だから、此処には激情が無い。渇望も無い。

 人の人たる部分を失くし、理想化された空虚な残骸が、空虚な空間を彷徨っているだけの場所だ。

 そして、そんな場所は。彼女にとっては虚無と同じことだ。いや、形を持って関わり合いになろうとする分、質が悪い。

 少女がぞんざいに蹴りを放つ。老人のアバターが砕け散る。情報の結合も密度も弱い。

 それでも、この疑似人格達には、ある一点において価値がある。それは、生前の『記録』をもとに創られたが故、生前知りえた情報を持っている、ということだ。

 こうして『墓漁り』をする彼女が求めるのは、只一人の人格の情報である。

 既にこの世には居ない、田中ブッダよりも昔の人間。徳エネルギーよりも前の時代を生きた、始まりを知る者。

 その記憶の底に眠る筈の、真実を求めて。


▲黄昏のブッシャリオン▲間章・第三節へ続く


ブッシャリオンTips マザー仏壇

 一時期の一部人類社会において、埋葬用地の不足は社会問題となった。結果として生まれたのは埋葬の集団化・仮想化であり、最終的にそれは初期の人格疑似電子化技術と結び付き、故人をベースとしたAIと、それを管理するクラウドシステム並びに端末仏壇を産み出した。

 その要となる基幹サーバーシステムがマザー仏壇センターと呼ばれる大規模演算器施設である。多くの場合、故人の人格テンプレートは連続性維持のため変化しないものとして保存されており、そのストレージは徳カリプス後の現在も何処かに残っているものと思われる。

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