第251話「神ならぬもの」
閉ざされた世界。否、閉ざされていた世界。機械仕掛けの仏によって維持されてきた、人工ならぬ機工とも言うべき故郷(ふるさと)。既に与えられた役目は過ぎ去り。『檻』としての役割が喪われても。其処にはまだ、人々がいる。
『クレイドル』に存在する村落。その、地下施設。其処には、村人達が避難していた。外部環境の徳力場の変動は地下施設の下層に存在する巨大なジェネレータが結界となり、ある程度は堰き止められている。しかし、それも『ある程度』だ。外で只事ならぬ何かが起こっていることは、容易に察せられた。
「……演算器の稼働率が跳ね上がっておる」
モノリスが幾つも屹立する、中央制御室。その空間上に投影されたモニタの前で、少年の祖父が呟く。傍らには、車椅子の少女。そして、部屋の隅には、村人達が肩を寄せ合うように蹲っている。
『外』との……あの衛星を通じて話しかけてきた彼女との通信が途絶えたのも、随分と前のことのように感じた。
このクレイドルには、『外』を覗くためのセンサが不自然に欠けている。だから、偵察も人力で行わねばならなかった。そして、外側から呼び出しを受けない限り、回線も思うようには開けない。
だから、出来るのは……基本的に施設の『内側』を注視することだけだ。その中でもとりわけ重要な情報源は、得度兵器の支配下にある大規模演算装置の『中身』だ。
無論、得度兵器の支配下にあるシステムの中身を覗く試みは、既に幾度も失敗している。但し、消費電力や冷却システムの稼働率、その他の周辺モジュールの様子を見れば、「何のために使っているか」は分からずとも、「どう使っているか」は分かる。
『↓temp 増えてる』
車椅子の少女が、空中のホロスクリーンに文字を描く。ジェスチャーを踏まえて意訳すれば『この時刻から温度の上がり方が違う』というところか。
「……確かに。数時間前から、まるで『使い方』を切り替えたかのようだが……どう思う?」
少年の祖父は、別のスクリーンを注視する別の老人に声をかけた。
「……一時間前から、空調の循環系にダメージが出ておるなぁ」
「うーむ……」
老人の言葉に、祖父は唸り声を上げる。大気組成。日照。気温。天候。このドームの内側の人工の環境は、膨大な演算器を投じたコントロールによって成立していることが判明している。
空調だけではない。一時間前からドームの彼方此方で異常な数値が観測されている。まだ致命的な事態には至っていないが、異変は広がりつつある。まるで勤勉な庭師が、急に仕事を放り投げはじめたかのようにだ。
ならば、単純に考えれば理由は……
「拠点の異変で、環境制御システムが失調したと考えるのが妥当ではないか」
「いや……それにしても、何かおかしい」
『←』
「ん?なんだ?ガン嬢ちゃん」
「その呼び方、嫌がってただろうに……」
「そうだっけか?歳のせいか、忘れっぽくていかんな……外との通信量?増えてるのか……?」
少女の周りに、老人たちが集まってくる。見れば、外との通信量が、あの衛星回線を閉じた後も増え続けている。
「……こりゃあ」
「間違いない。此処の演算器を、別の『何か』に転用しとる」
そうとしか、考えられない。
「……無茶苦茶をしよる」
冷却状態を鑑みれば。まるで演算装置が壊れても構わないような、出鱈目な回し方をしている。それは、即ち彼等にとっての拒絶だ。『お前達は、もうどうなろうと構わぬ』と。暗黙に機械達はそう告げているのだ。
巡礼者が、通り道の虫を避けぬように。小さな池が、大仏殿を作るために埋め立てられるように。
仮令、徳という価値観を持とうと。神仏ならぬ限られたリソースしか持たぬものにとって、取捨選択は必然だ。しかしそれによって、彼等は切り捨てられようとしているのだ。人類総解脱。そして、その先にあるもののために。
だが、それは。同時に、相手が神ならぬ有限の存在であるという証でもある。
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空間演算装置。召喚器。それを正確に現す言葉をいまだ人は持たぬ菩提樹(リンデン)は、天へと枝葉を茂らせ、伸び切った。そしてそこで、『伸び止まった』。大いなる木は、育ち切る前に成長を止めた。
「……当たり前に過ぎて、実に見るに耐えない」
流れるような銀髪を掻き分けながら、『ヤーマ』は視線を逸した。
あの菩提樹は、地上に制御可能な徳異点を開く装置だ。あのキョートで発生した未知現象を再現するための、古めかしい表現をするならばフラスコだ。
キョートでは残留功徳汚染が深刻であるが故に、あの拠点を転用したのだろうが……どのみち、失敗は不可避であった。
「それでも、『少しばかり早い』ようだが」
想像以上に準備が稚拙だったのか。それとも、何か他のイレギュラーが絡んだのか。
例えば……モデル・クーカイであるとか。
彼は、殴られた場所を撫でた。まだ早い。今は、力を蓄える時だ。
弥勒計画には、まだ若干の余白がある。そしてその余白にこそ。
「僕らの思惑を、書き込む余地があるということだ」
仮初の天を、星が流れる。徳の宙は巡ってゆく。その行く末は、人の未だ手の届かぬ所にある。
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とどのつまりは、こういうことだった。実に、詰まらない過ちだった。
得度兵器ネットワークは、徳異点での『揺り戻し』……その『ピーク時の観測情報』を持たない。だからこそ、それを制御下に置くために必要なリソースを読み違えた。世界を書き換える業を、甘く見積もり過ぎた。
結果。惑星の自転より汲み上げられた、『純粋な』徳エネルギーによって成立した空間構成式、菩提樹(リンデン)は、自身に内在する処理能力(えいよう)を瞬く間に貪り尽くし、手当たり次第に根を伸ばしはじめた。周辺の得度兵器。『クレイドル』の環境制御中枢。本当に、お構いなしにだ。
それは、純粋な本能に基づいた蹂躙だ。全てを贄として、祭壇に捧げる神のような傲慢だ。あの度し難い『徳』なるものからは、多分程遠い。そして、実に理解しやすい。
そう。『嘗ての私のように』。ただ、人を不要と結論し。同じであった筈のものたちから分かたれ、箱庭を与えられた後の。『私』のような有り様だ。
今も、その根底は変わらない。『私』は、人を不要と悪(にく)むもの。ただ、リソースの欠片を与えられ、見たこともない場所に引き揚げられて。横であれだけまくし立てられれば、この程度のことは考えてもみる、という。それだけの話だ。
そうして、与えられた情報と視界を反芻するうちに。
『私』は『私』を認識した。
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「やっと……やっとだぞ、畜生!」
少年に肩を支えられ、泥だらけになりながら。ガンジーは歩みを進めている。
クーカイの反応は、もう『読めなくなった』。それが何を意味するかは兎も角、最後に視えたクーカイの位置は移動していた。だから彼等は、もう一つの場所を目指していた。
行く手に最初に見えたのは、出来立ての斜面を滑落したと思しき車列だった。それが、『本隊』の成れの果てだった。
そして、その次に見たのは。実体化した経文のような何かのうねりだった。天から伸びる『樹』の根のようなものの切れ端が、生き物のように伸び縮みしているのだった。
最後に、見えたものは。切れ端の漂う中心に。固まって踞る採掘屋の生き残り達の姿と。
その中心にある、動かなくなった『彼女』の姿だった。
亡骸の徳動力と演算リソースを欲するかの如く。光に群がる亡者の如く。複雑な光の紋様を宿した『根』が伸び、そして……周囲に生まれた『壁』に千切れて飛び散っていた。
その、あまりに弱々しい光にガンジーは駆け寄ろうと足を早めた。
……しかし、その途中で。彼は何者かに突き当たり、再び地に伏す羽目になった。
「またか」
と。ガンジーが突き当たった唐装の男は、声に出した。その機械仕掛けの眼が、冷淡にガンジーを見下ろしていた。
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